
今日は土曜日なので、テーマ6️⃣ 俳句雑談をしたいと思います。
俳句において三段切れは、良くないとされる表現です。
俳句の玄人の方々は、その意味が分かるのは当然として、私のように初学の者にとって、三段切れって?
と、戸惑う素人の方も多かろうと思います。
今日は演歌の歌詞で学ぶ三段切れの話です。
昔の演歌で、千昌夫さんの代表曲
『北国の春』という曲があります。
出だしの歌詞を一節引用します。
🎵 白樺 青空 南風
この歌い出しが有名なんですけど、若い人には分からないかな…(^_^ゞ
曲の良し悪しを言っているのではなくて、あくまでも俳句的に見た三段切れとは、こういう事を言いますって、例なのです。
具体的な映像を持った名詞を、3つ並べて俳句にすると三段切れのような感じになるなぁ…
とこの歌を歌うたびに思ってしまいます。
この場合は歌詞なので、これで良いのです。
ただ俳句ではちゃんと助詞や動詞で繋いで上五+中七、中七+下五でひとつの意味のまとまりを構成する必要があります。
もちろん助詞ひとつで繋いだりすることが叶えば、かなり良い句になる確率が上がります。
例えば先ほどの3つの名詞をどう繋ぐか?
白樺 青空 南風
3つの中で唯一明確な季語がありまして、それは南風が季語になります。
あくまでも歌詞を使って繋ぐのであれば…
白樺や青空渡る南風
くらいに繋げば、季語も入った575のリズムの俳句が出来るのですが!
だがしかし!
問題点がひとつあります。
それは
・南風の季語としての意味
・歌の歌詞の内容としている南風の意図が違う
事が大問題です。
南風は、一見すると北国に春をもたらす暖かな風のように思える言葉で、恐らくは歌の歌詞から察するに、春をもたらす暖かな風の意味であることが窺い知れます。
しかしながら、俳句の季語としての南風は夏の季語で、太平洋側から吹いてくる暖かく湿った夏の季節風の事を指しています。
演歌の『北国の春』は素晴らしい名曲ですが、俳句的視点でみると、ちょっと面白い感じになっています。
もしも、北国の春に沿った内容で出だしの歌詞を俳句に仕立てるならば
白樺や青空渡る春の風
くらいに季語を調整すると、歌い出しのフレーズをオマージュした俳句になろうかと思うのです。
とまぁ、ど素人のクセにしかも演歌の名曲を題材にさも、俳人のように語ってしまったけれど(^_^ゞ
具体的な映像が思い浮かぶ名詞を二つ探してきて、季語をくっ付けるだけで俳句の要素が出来上がる不思議さの事を言いたいんです。
上手く言えないけれど…まとめ
ブロガーさんたちの写真日記をよく見掛けますけど、一枚の写真に映る要素を名詞化して並べるだけで、グッと俳句の質が良くなるのでは、北国の春に学んだ次第です。

けれど、白樺は具体的で伝えやすい名詞で、それがいいんですね~
青空も色を持っていて、これも映像としてはブレがない。
唯一、色がないのが南風だけど、季語なので絶大な意味を持つ言葉で、白樺の木と青空を繋ぐエンジンみたいな言葉でして、本当に無駄のない俳句らしい歌の出だしだなぁと、感心して止まないのです。
写真をみて、思い浮かぶままに名詞を二つと、季語を一つ探してきてくっ付けて(俳句ではこれを取り合わせと呼んでいます)、北国の春に負けない俳句を作りましょうではありませんか🎵
あくまでも、俳句を作る取っ掛かりのヒントくらいにはなると思います。
2026年4月2日 我ふたり