
『ずっと晴れてたんですけどねぇ…』
傘立ての前で声をかけたのは、意外にも僕の方だった。
人付き合いが苦手で、独りで気楽な方が良かった筈なのに…
『ホントにねぇ…』
考えを巡らせる間もなく、相手のご婦人からも挨拶代わりの応答が返ってきた。
しかし言葉とは裏腹に、婦人が雨を嫌っていないのが言葉の調子でピンと来た。
本日は8月29日。
残暑が厳しい季節で、こうしたあいにくの雨さえも、優しい雨に感じられるほど近年の夏は暑く、今年の夏も例外では無かった。
傘立てに傘をはめて、引き抜きの鍵を抜く動作は、何度やっても慣れそうにない難しい動作で、歳のせいか互いに苦戦しながらその場を終えて、建物の中に入っていった。
その建物にやって来た目的は、どうやら、ご婦人も僕も同じであったらしい。
その建物は『芭蕉記念館』と呼ばれていて、東京江東区にある施設だった。

てっきり、広大な敷地に堂々とした会館のような施設を思い浮かべていたが、印象と違ってさほど大きくもなく、こぢんまりとした敷地に三階建てというコンパクトな施設だった。
一階中央に入り口があり、奥には上階の展示室へ続く階段があって、左手に受付、右手にワーキングスペースという構造だった。
ご婦人は迷うことなく右手の会議室のような部屋に入ってゆく…
僕もそれに倣った。
入口付近に受付の人がおり、参加費用200円也を収めると、好きな席へ勝手に座れと案内された。
あ、いや、実にゆったりとした口調で
『席は決まっておりませんので、資料が置いてあるお席へ自由にお掛け下さい。』
と素敵なご案内であった事を正確に書かなくては、印象が違って見えては申し訳ないので訂正しておく。
ちなみに、先述のご婦人も、受付のご婦人も優しい笑顔で話しかけてくれる。
僕の年齢が54なので、僕から見るとご婦人たちは少しお姉さんということになるのだろうか…
こう言うことは、ある程度の年齢に到達した時点で、お姉さんと言うのが礼儀なのだと弁えるようになったのは、40代の頃だったように思う。
実際に歳が上ならば本当にお姉さんなのだし、もし仮に年下であっても、おねーちゃんとして通じる実に都合の良い代名詞だと思うのだ。
さて、入口正面奥には横に並べられた机があり、背後にはホワイトボードがあり、どう見ても講師の方が座る場所だと思う。
手前にコの字型に配置された長机があり、右手から手前にやって来て、横に渡り左手にまでコの字が続いていた。
案内のお姉さんが言うように、資料が丁寧に並べられていたので、我々が座るべきなのは、そのどこか…なのだが僕は直感で左手側の席を選んだ。
手前を横に渡る席は、講師の方の正面にあたる席で、初参加の僕としては先生を正面から見据える席に着くのは少々憚られる気持ちがあったからだ。
しかしなぜ右手を嫌ったのかは、その時は解らなかったが、後でこれが正解だと気付く瞬間が訪れた。
席を確保して真っ先にお茶を買いに行った。
自動販売機で買った緑茶を席に置いて、次になすべき事は、トイレを済ませておくことだった。
予定では二時間とあるが、年齢のせいかトイレが近くて不安があり、済ませておくことは大切な僕の上手くいく儀式であった。
ようやく安心して講座を受けられる準備が整って、落ち着いて周囲を見回せる余裕が出来たのは、開始の五分前くらいであったから、ちょうど良い時間配分だったように思う。
開始時間が迫ってくると、わらわらと人がやって来て、ガラガラに思えた席はきっちり埋まっていった。
それを見計らうように講師がマイクを手に取り二、三、宣伝のような話をされてから、開始の挨拶を述べ始めた。
『それでは開始時間になりまして、席も埋まったようなので、俳句サロンを始めたいと思います。』
講師の先生は、確実に僕よりも歳上だと推察されるが、年代としては60代辺りではなかろうか…
終始にこやかに話す男性である。
冒頭、先生が口調を改めて語ったのは
『俳句は遊びである』
という話だった。
わざわざ口調を改めて言うのだから、ここだけは抑えて帰って欲しいという核心をまず最初に述べられたように思った。
『俳句は遊びだからこそ、真剣にやると楽しいのです。今日は存分に俳句を楽しんで帰って下さい』
と挨拶を終えて、席に座り句会の進行について説明を始めた。
先生の席の後ろに縦長の窓があり、外は曇天で暗く風が吹いていた。
その風に煽られるように柳の木が揺れていて、話よりも時折その柳の木が妙に気になってしまった。

投句は事前投句となっており、一人につき二句当季雑詠を詠んで一週間前までに提出することとなっていた。
俳句を知らない人のために、ど素人の私が説明を加えておくと、俳句を提出することを投句(とうく)と言う。
俳句を即興で詠むのは難易度が高い事で、大体は講座を受ける前に時間を十分に与えられ、自分が作った俳句→俳句を詠むと言うが、詠んだ俳句を予め提出しておくことを事前投句という。
当季雑詠というのは、その季節の季語であれば、どの季語を使ってもかまわないよ、と言う意味の俳句用語である。
8月29日の講座の季節は『秋』なので、秋の季語で二句俳句を作って、予めメールで提出して下さい。
と、言われていたわけだ。
先生が説明してくれた進行は、コの字型に並べられた机の右から順番に一番、二番と番号が振られて、その場での名前、下の名前で自己紹介することになることが告げられた。
この時になって、左側を咄嗟に選んだ自分を称賛しつつ、説明を聞き漏らすと要領がわからなくなるので、必死に説明を聞いた。
右側の席から順にマイクが回されて、一番○○です。二番、△△です。三番、□□です…と、挨拶が続いた。
続けて、受付のお姉さん達が配ってくれたのが、皆が事前投句した俳句をプリントアウトした用紙だった。
B4版の上質紙に縦書きに綴られた俳句が二枚に渡って印刷されていた。
並びはランダムになっている。
自分の詠んだ句も入っていて、全く関係の無い位置に配置されていた。
俳句の上に枡目があり、その四角の中に選んだ人の番号を書き、特選には○印をすることを説明された。
先生を含めて21人×二句だから、四十二句である。
その四十二句のうち、並選を一人につき六句選び、さらに特に良いと思う一句に特選を一句選ぶルールが説明された。
21×1点×六句=126点
21×2点×一句=42点
126+42=168点
この168点が皆の相互選評で配点されて、当日の秀句を決めるシステムと説明された。
先生曰く、『配点とは世論である』と。
世論には当然ながら、耳を傾けるべきあると語られていた。
つまりは、他者の意見に耳を傾けて自身の句作の糧にしようではないかと先生は言っているのだと理解した。
僕は、ノートの端にメモをした。
20分程の時間を選句の時間として割り当てられた。
しかし四十二句を20分で鑑賞するなんて、かなりしんどいのではないかとも思えたが、やっぱりしんどかった。
20分で、次から次へと俳句を読むのは僕には向いてない作業で、四十二句全てに目を通して10分が溶けて失くなった。
一通り目を通したあと、印象に残った俳句の番号を七句抜き出して、他に良いものがないかを見直して、また5分が溶けた…
そして、七句の中から一句を特選にするのに5分がまた溶けて、あっさりと選句の時間が過ぎ去っていった。
先生も生徒の様子を観察していて、概ね選句を終えているであろう雰囲気を察知するとマイクを手に取り
『それではみなさん、選句は終わりましたでしょうか?』
『各自選んだ俳句を順に公表して、その合計点で本日の俳句の出来を評価します。それでは選評に移りたいと思います。』
他の人たちは概ね句会に慣れている様子で戸惑いが見られなかったが、僕はそれどころではなかった。
初めての句会で、システムを聞き漏らさないようにするのが精一杯で、一人であたふたしていた。
いや、本当にあの時右側を選ばずにおいて良かったと、少し前の自分の勘の良さを褒めてやりたい…
そして、各自が選んだ俳句の発表が始まった。
この時に読み上げのルールも説明されていた。
読み上げるときは、席番号、俳号あるいは下の名前(例えば大輔とか健介とかです)、並選の数字を席番号で読み上げ、冒頭の上五の言葉(あらたまので始まる俳句なら、そのあらたまのの五音を聞き間違いを防止するため)を読み上げる、そして間を取ってから特選の番号と上五を読み上げることとされていた。
他の人は難なくこなしていたようだが、僕にはこれも未知の体験だった。
途中で番号が分からなくなり、手を上げて聞き返したくもあったが、結局はその勇気がなくて一部曖昧になってしまった。
ま、でも他の人がちゃんと集計してたからそんなに気に病む必要はなかったのだが、どぎまぎしてしまった。
自分にもマイクが回ってきて、前の人達に倣い無事に発表が出来た。
ここで自分が一つ気に入った句があった。
参加者の許可を得ていないので俳句を公にすることが出来ないのが残念なのだが、詠まれた内容だけさらりと言うと
【禅体験に行ったら、坊さまが美男で、心など静まるどころか、ソワソワしてしまったわ】
といった内容の句を詠まれていたのだ。
季語は蝉しぐれで詠まれていた。
僕は妙にこの句が気に入ってしまって、心落ち着かない様子を蝉しぐれに込めたのだろうと読んだ時、特選に取ろうかと最後まで悩んで止めてしまった。
中七が散文的に仕上がっていたのが、取らなかった理由だけれど、発想が良い!と二日経っても忘れられない、印象に残る句だった。
では特選に選んだ句はと言うと、これも参加者の許可を得ていないので公表できないけれど、内容としては
季語は墓掃除で詠まれていて
【昔の喧嘩の続きを墓の前でしているよ】
と言った内容の俳句でした。
この句を特選にした理由は、光景が自然と溢れ出るように想像できたから。
発想そのものは決して珍しいほどでもないけれど、光景の浮かび方がじゅわ~っとバタートーストのように溢れ出てきた感覚で、やっぱりこちらが特選かなと思った。
最近思うのは、バタートーストのような俳句を作りたいが目標なのだ。
バターがじゅわ~っと滲み出るような、光景がじゅわ~っと脳内に拡がる俳句が詠みたい。
この句は他の方々も良いと思ったらしくて、かなりの特点を得て一番の成績だったと記憶している。
ついでに付け加えておくと、次点の句は十六点を獲得しているのだが、その句はなんと先生の句で、ちゃっかり高得点をキープするあたりは、なかなかお茶目な先生だと思った。
🔹🔹🔹🔹🔹
ちなみに僕が秋の季語で詠んだ俳句は、僕が作者なので公表できるのでここで、披露をしておく。
一句目
電話ボックス秋の夜空を開けにけり
二句目
鴉にも寝言あるらし夜半の秋
先に出来たのは、二句目の鴉にも~の句。
この句が出来て安心してしまったのか、一句目の電話ボックスの句は季語で損をしたなぁと、反省しきりだった。
秋の夜空は造語感があって、もっと良い季語を見つけたら評価も良かったように思うが、この句はやはり四点止まりだった。
先生の評では、電話ボックスと言う素材が最近見かけない素材なので、それをいま言うことの是非について触れられていたので、素材を変えて季語を練り直せば良い句になるかもと感じた次第、つまり電話ボックスじゃなくても、デパートの自動ドアでも良いだろうとか素材の変更とはそう言うことだ。
一方で、鴉にも~の句は、先生は取ってくれなかったけれど、生徒さんの選では人気があって九点を貰った句だった。
熱帯夜で寝られないのか、鴉が夜になるとカァーカァーと鳴くのだけれど、それを寝言なのだろうか?感じたことを素直に俳句に言ってみた次第。
気負わずに詠めて出来が良かったのではないか?と思っていたので素直に嬉しかった。
🔹🔹🔹🔹🔹
各自の選句の発表が終わって、マイクが先生に戻り、先生の選句が告げられて、一句ずつの講評に移っていった。
各自の句について、先生のコメントが貰えるのだ。
基本的に『俳句サロン』は、楽しく俳句を読むことを始める場所であり、先生はそのモード、もっと言えば、厳しい採点をする場所ではないラフな会の演出に徹していて、厳しいことは一切言わなかった。
とにかく俳句は自由で楽しく遊ぶものであることを知って貰いたいという熱意が伝わってきた。
先生が講評を終えると、その句の作者が挙手をして名乗り出ることになっていて、あの坊主がイケメンの俳句の作者は、隣のご婦人であったことが分かり、話しかけようとしたが、きっかけが得られずに句意を尋ねなかったことが悔やまれた。
🔹🔹どんな気持ちで座禅会に参加したのか興味深く、また共感出来たわぁ~と声をかけてあげられたら良かったのになぁ…🔹🔹
最後のまとめとして、全体の上位三名に景品が渡される事になっていて、集計の結果僕は四番目という、なかなかな順位を頂いた。
初陣にしては上出来であった。
ところがだ、確か三位の方だったか…
私用があったらしく、途中で帰られたご様子で、思いがけず景品が棚ぼたで僕に回ってくるというハプニングまであった。
本当に僕が貰って良いのかと思いつつ、ちゃっかり手を出していた。

時間が押していて、その後あっさりと散会となった。
隣のご婦人はもう見当たらない。
先生が初参加の僕を呼び止めて、良かったら俳句会もやっているので、参加してみてねと、名刺を頂いた。
一人で詠むのは続かないから、友達を作りなさいと声をかけて頂いた。
…そうかも知れないな、と思った。
それと、もう一人僕に声をかけてくれたのが、右側の席の一番目に座っていた人だった。
そうだ、あの席では大変だろうにと気の毒に思っていた御仁は、なんと!俳句会の会長さんだったのだ。
そっか、恙(つつが)無く進行するために席順まで周到に準備されていたと言うことか…
そりゃ、そうだよなァ。
な~んて妙に納得して、芭蕉記念館での初句会を終えたのだった。
帰る頃には雨は上がっていた。

🔹🔹🔹🔹🔹
今回はいつもと違う文体で日記を書いてみました。
なんと、書くのに丸一日使ってしまった。
皆がさらりと日記を書いているのかは分からないけど、僕はこのように日記一つを書くのに一日かかるような文才のない人間でしてね、日記のボリュームを下げる決断も致し方ないように思った次第です。
でも、その分を俳句の句作の方へ回したり、本を読むことに使いたいというのが本音です。
俳句会への参加のためには、仕事のスケジュール調整が必須なため、それを叶えてから参加の是非を考えようと思うが、せっかくのご縁なので、参加の方向で考えている。
実はこの『俳句サロン』なるイベントに参加するきっかけになったのが、深川不動堂への参拝だった。
深川不動堂へ参拝した後、芭蕉ゆかりのせんだい堀川沿いの松尾芭蕉の銅像を見に行った際に芭蕉記念館の存在を知り、ホームページを見ていたらイベント講座として、今回の『俳句サロン』を見つけたわけだ。
参加費用も200円と破格で、初回の様子見にピッタリ!の案件だったので、飛びついた格好でした。
帰りにご縁を頂いた深川不動堂さまへ歩いて向かい、俳句サロン参加の報告をしてきました。
深川不動堂では、必ず凶を引いていた私ですが、なんと苦節10年目にして、漸く大吉を引いたりと、楽しい1日を過ごしてきました。

2026年8月31日 我ふたり

