初めに、お断りをしておかねばならない事があるのだが、僕は決して藤田湘子先生の本が宣伝したいわけではないのだ。


と言うことを申し伝えておきたい。


そうではなくて、この本の出来が余りにも素晴らしいので、持ち上げざるを得ないのだ。


こればかりは、誰に何と言われようが、良いのものは良い!としか言いようがないと言うことを、初めに言っておく。


努々、誤解の無きように、予め申し伝えておきます。


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この著書の中に、僕が心ひかれる一文があるので、一節引用させて貰うことにする。


俳句は自分の詩、そして自分史を綴るもの。自分の生き方を見つめ、自分のことを詠ったほうがずっとたのしいはず。


引用元 

角川ソフィア文庫 『20週俳句入門』 藤田湘子著 

119ページより引用


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俳句を作り始めるにあたって、どのようなものをモチーフに選ぶべきなのかについて、先生なりのアドバイスをされたシーンでの言葉です。


俳人の先生と言うのは、大事なことをさらっと流すように書くからね。


ほんとにさらっと流すように書いてるけど、僕は赤線を引いて覚えておくことにした。


「自分史を綴るもの」なんて言葉、藤田先生の俳句の哲学の一辺を垣間見たような気がして、妙にテンション爆上がりなんだけど!

( ̄□ ̄;)!!💦


俳句において、本でも、テレビでも、あるいは教室でも良いのだけれど、良き師に出会って、恋い焦がれるように俳句を学ぶって経験が出来たら、俳人として、これほど幸福な事はないのではないだろうか。


それほど良き師に巡り会うことの大切さと言うのは力説しておきたい。


恋い焦がれるだけではダメ。


焦がれた相手が本物でないと俳句が中途半端になる。


逆に本物の先生だったとしても、相性が合わないのもダメ。


この場合の相性とは、俳句の色味、要するに世界観に共感出来る先生かって意味です。


世界観に惚れ込めない先生についても、疑問を抱えながらでは熱にかかったように俳句にのめり込むなんて出来ないのだから…


なので先生を選ぶ時は、どうぞ直感的に選んで下さいね🎵


僕が、どんなに藤田先生推しだろうとも、読んでるあなたが合わないならば、他の先生の本を探したり、教室に通う方がよっぽど良い。


恋も直感的に突き進むけど、俳句の先生選びも直感的で良いと思う。


そうか、俳句は自分史なんだね。


昔、スゲーたいそうな日記帳を買って、自分史を綴るなんて流行った時代があった。


もちろん続く人もいるだろうけれど、僕にはムリだった。


5,000円くらい叩いて買ったのに、日記帳捨てたからねwww


でも俳句は、作った作品が残ってさ、それが勝手に自分史になってゆくんだよ🎵って、先生がサラッと言った。


もしも実際の場面だったら、僕はたぶんその時はスルーしてしまいそうだけど、後で家に帰ってからこのシーンをふと思い出して、あぁあれはそう言う意味だったのかと、相当後になって気がつくような…


そんな他愛もないシーンであり、心に残るシーンでもあるのだ。


最後にもう一度先生の言葉で締めたい。


俳句は自分の詩、そして自分史を綴るもの


自分がときめくものを、素直に選んで俳句にするようにいう藤田先生らしい、じつに暖かいお言葉だなぁと思いました。 


        2025年10月17日   我ふたり