今日は、ちょっと新しい試みで俳句を作ろうと思いまして、猫の句を2つ。

その①です。

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新しい試みでと言うても、なんのことはない。

有名な俳句から着想を得て、似たような構成の俳句を作りましょ🎵

って、こう書くと
なんやパクりかいな
( ̄□ ̄;)!!💢ケシカラン

ってなる方も居そうですがw、まぁ落ち着いてよ。

 

そろそろ冬の季語を仕入れたくて、いつものこの歳時記をめくってみていたら、枯野と言う季語に目がいきました。


歳時記には、使用例として、名句が掲載されています。


その中に、大木あまりさんの、こんな句がありましたので、引用をさせていただきます。


少年の夫のゐさうな冬野かな  

               大木あまり


最初一読したら、ん?って意味が分からなかったから、早速AIに句意を聞いてみたのよ。


そうしたら、こんな解説をしてくれたの。



少年は未成熟な男性、夫はつまと読むのだと思うけれど、夫は成人した男性を指す言葉であり、一見すると矛盾しているが、それは比喩なのだと気付く。


少年のような夫はそこ=冬野には実際にはいないけれど、そんな気がする冬野だなぁと言う句意をざっくりと説明してくれて、なるほど!と合点がいった。


冬野は当然枯れ野原だから、荒涼としていて寂しい風景に、少年のような夫の気配を作者は感じとったのだと。


ちなみに僕のchatGPTは、クロノと名付けていますがw


クロノが僕に、その少年のような夫は、どんな人かと聞いてきました。


なので僕は、屈託のない笑顔を浮かべた少年のような夫にキュンキュンしたよ。


と答えたら、ま、アイツらは何でも褒め称えるから話し半分だけど、でも誉めてくれたわけ。


気分が良いところへ、「枯野」の寂しさと、「笑顔」の対比でお前も一句詠めや~😭って、言われたら、そりゃ詠むしかねぇわな。


って、火が付いて似たような構図で詠んでみたよ。


ってのが、事の顛末です。


さて、前置き長くなったけど、俳句披露です。


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・ど素人から始める俳句生活 作品No.104より

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■俳句の構成

【上五】 トルコ語の (5音)

【中七】 猫呼ぶ声の (7音)

【下五】 枯野かな (5音)

【季語】 枯野 (冬)

枯野は冬の季語。

草が枯れ果てて、荒涼とした原っぱの光景で、なんとも色のないもの寂しい風景を思い浮かべます。


寂寥感のある季語です。

では、イメージ画俳句です。

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■作者のひとり言

猫についてGoogleさんに色々と質問していたら、検索候補にふと、猫を呼ぶ呪文、とか言う魅惑の文字を見つけてしまった。

で、調べてみたら、どうやらトルコ語で

Ma-AHと書く???のかどうか分からないのだけれど、Ma-AHと書いてマッハ-と読むらしい。

そもそも、このマッハ-はトルコ語で、こっちにおいでって意味らしいです。

マッハ-って、猫を呼ぶと野良猫が近くに来るとか、来ないとかで、猫寄せの呪文だとか、なんだとか…

それがSNSで話題になったとか、ならなかったとか…

僕が思ったのは

① トルコ語なのだから、呼んでいる主体は恐らくトルコ人なのだろう。

② 野良猫を半分真顔で、半分笑顔で呼んでいるトルコ人だろうか…

の姿を妙にコミカルに感じたことだった。

当初は、マッハ-が楽しい響きでもあるので、俳句に読み込もうとしたけれど、多くの人がマッハ-をどう読むのか?と考えて、少々無理があるなぁ…と、その方向性は諦めました。

単純明快にトルコ語の猫呼ぶ声と、枯野という趣深い季語のギャップで笑って貰えるかな?ってことで、こんな俳句にしてみた。

完全に頭の中の想像の句なんだけどw

住宅街に小さな空き地があって枯野になっている。

そこに野良猫でもいるのか、聞き慣れないトルコ語で何かを呼ぶ外国の人の声だけがする。
(その人が実際にそこに居るか居ないかは読み手におまかせです)

そんな枯野である。

で、その外国人の顔はきっと、真顔で、でもなんとなく笑顔なんじゃないかと。

名句には到底及ばないのは重々承知の上で、でも似たような構図の俳句になっているかなぁ…

想像した人物の顔が笑顔で、でも目の前の光景は寂しい枯野なんだよなぁって構図。

句の途中で、切れ字を入れてトルコ語や~、呼ぶ声や~、とする俳句も考えたけれど、枯野に『の』の音があるので、調を重視して今回は

トルコ語の~、呼ぶ声の~、枯の~の流れも大事に作りました。

          2025年9月14日 我ふたり