
今日は、久々にフツーの日記です。
僕は元来、おっちょこちょいな人間でして、思い込みが激しい人間…なのかもしれないと、常に怯えて生きている。
それは特に40代を過ぎた中年期あたりから顕著で、思い込みに走らないように、常に自分を客観的に見られるようにしなければ…💦と、周囲に気を使って生きている自負はある。
しかし周囲のかなり親しい人達に、思い込みが激しいかと聞いてみても、実際にあなたは思い込みが激しいですと面と向かって言われたことは、ただの一度もないのだ。
ま、フツーに考えて相手も気を使って、言わないだけってパターンはあると思うから、人の評価を額面通りに受け止めてはいないけどね
( ̄▽ ̄;)
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そこでふと、考えた。
思い込みが激しいと思い込んでいる???この気持ちの正体について。
これに対して僕は2つの推論を得た。
1つ目の考察は、こうだ。
自己の内面に起因するものとして、自分に自信が無いことの裏返し。
失敗や間違いを恐れるあまり、恥をかかないための杖として、言い訳を先にしている自己防御の現れではないのかと。
2つ目の考察。
自分の意見を曲げない、押し通そうとする、いわゆる老害おじさんになるのが怖いと思っているのかと。
男の人って、若い頃はそうではなかったのに、年齢を重ねて体力が低下すると、理由は分からないけれど、感情をセーブする能力も低下するのかなって思い込んでますwww
あんまり、こう言う説を唱えている人を見かけないけれどね。
感情はどこで作られているのか?
脳なのか、あるいはそれとは全く違う部分で感情が湧いているのか、分からないけれども、仮に感情が脳で作られるとしたら、脳も臓器の1つで、加齢と共に様々な機能が低下していくのだ。
感情をセーブする能力が低下するってことだって十分にあることなのかなって思ってみると、それは、それであり得るような気もする。
なので常に自己の感情と向き合いながら、程よい主張と、程よい内省でバランスを保ちながら、相手の人の意見にも耳を傾けたり、共感する意識は常に持ち続けたいと思うのだ。
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で、さらに考えた。
考察1の失敗が怖い自分の感情 と
考察2の感情がセーブしにくくなる機能低下 が
複雑に絡み合って、今の自分に負荷を掛けていることもあるのかなと…
物事って多面的に構成されている事の方が圧倒的に多い。
だから、いくつかに分解して、こんな理由と、あんな理由が考えられてって、対応策をいくつか考えてみると、かなり実用的なものになるんじゃないかなって。
最終結論を書くと
自分に自信を持ってよいと許してあげる。
間違ってしまったら、素直に反省をする。
自分が正しいと感じても、相手の立場や考えにも共感する姿勢を意識して持つようにする。
自己と他者、主張と内省、2つの相反関係にある不安は、バランスを保つのを意識しつつ、自分で自分自身の心を傷つけすぎないように、時には自分自身にも優しい言葉をかけるようにする。
こんなことが有効な手段なのかなと、近頃思うのである。