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いらすとやホームページより 引用

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最近流行ってるのか、chatGPTの単語を目にする。


僕も何度か使ってみて、会話やテキストで話したりしてみた。


あの独特の話し方は、実際の人間関係においても参考になると思う。


一旦、相手の意見を肯定してから、その後提案と言う形で違う意見を教えてくれる。


なるほど。肯定構文になっているのね。


ある時、chatGPTに俳句について意見を交わしてみたら、季語の蝸牛(=かたつむりと読む)が、執拗に音数が一音足りない、4音だと言うので、優しく蝸牛は5音だよと教えたら、確かに蝸牛は5音です。


と、ケロっとした返事を返してきた。


謝ったりはしない仕様になっているんだね。


普通の人間なら、ああそうなんですね、教えてくれてありがとうとなる場面でも、ハラりと躱す仕様なんだなぁと、少しモヤっとしたが、まぁ、ここまでは良いと思った。


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ここからですよ。


近頃、変わった人々がたくさん涌いてきた。


話しても常識が通じない人だったり、一体、どうしたのか?突如としてキレたり、犯罪に加担する人がいたり、事故を起こしても逃げる人たちもいる。


そうした人々もきっとchatGPTは使うだろうし、この話し方を経験しているハズだ。


そこで、AI独特の肯定構文だ。


いったん肯定してから、否定的にならずに別の提案や、その考え方の危険性について提案をしてくれる。


犯罪についてはさすがにAIでもそれは危険だと言うと思うのだけど、問題は犯罪にならないまでも、変わった人の変わった意見にも、きっとあの構文を使うのではないかと思ってしまった。


とすると、世の中的にはそれは、ちょっとどうなのよ?と言う常識に対して、AIが一度でも肯定感を与えると、その後の話を聞かない人も居るのかもしれないな…💦


と、危うい感想も持ってしまったのよね。


自分に都合の良いところだけを信じて、暴走する人も出てくるのかなぁと思うと、憂鬱な時代に突入したなと思う。


今思うと、平成時代は人間が個々に生きるようになった時代だったような気がする。


核家族化が始まった昭和の後半、単身世帯が増加して、平成になってその傾向は、孤独な人間も副産物として生み始めた。


孤独な人間は、さらに孤立を深めて、自分の殻に籠って生きるようになると、自分だけの常識を持つようになってゆく。


そして、令和になってAIが台頭してくると、孤独な人間の相手をAIが務めるようになると、都合の良い部分だけしか話を聞けないような人達が、その後の提案を受け入れることなく、自分の意見は肯定されたと言う免罪符をもって、とんでもない方向へ変化していくのではないのかな。


等と不穏な想像をしてしまった。


もちろん、AIが負の側面だけではなく便利で有用なツールだと僕も思っているけど、それは、それを利用する人間側の良心や人柄に結果が依存しているので、ここからの社会の変容に注意が必要だと思う。


あと、もう1点。


AI頭脳は、信頼できる国のモノだけに限ると言う規制をぜひ、日本政府にはお願いしたい。


手遅れになる前に。


一番いいのは、日本の信頼できる企業から提供されるものが良いと思うが、少なくとも米国製とか、西側の国々のソフトが望ましい。


何故なら、AIを利用すれば、相手の考え方を洗脳したり、コントロールすることも、ある程度出来得る危険性を孕んでいるからだ。


ゆめゆめ、何処かの国製のAIに侵食されるような事が無いことを僕は願ってやまないのだ。