As I am -2ページ目





年末。

最近無性にイライラする。

いや、泣いたり怒ったりかと思えば笑ったり、
情緒不安定と言った方が正しい。



その中からイライラだけを取り出して
"イライラしてる自分だめだ"

なんて責めるのはフェアじゃない。



生きてれば悲しいこともイラつくことも楽しいことも
全部あるのが当たり前。

なのにどうにかして怒りを無くそうともがいてた。



怒りって、猛烈なエネルギー。

自分の生きる場所をつくっていくのに欠かせない感情。

溜め込むのは絶対に良くない。



自分の怒りを受け入れていなかったから、
他人の怒りがとても恐ろしかったのかもしれない。


どんな感情でも毛嫌いせずに受け入れられれば
もっと自由になれるのか。



今まで溜め込んだ怒りの火種が
腹の中で熾火となっているのがわかる。

些細なきっかけで燃え上がる。


これを完全燃焼させてあげないと私は救われない。




今年の怒り、今年のうちに。なんてね
1年空いた。
久々すぎて何を書けばいいのかわからない。

今日はよく晴れている。
もう秋の気配が色濃い。
気持ちのいい朝だ。



さて、仕事をしている。
なんとか続いている。
毎日体力との戦いだ。

けれどここまで続いているのは、自分でもすごいと思う。死に物狂いでやればできるんだ。

やめちゃった同期もいる。
私が続いているのは
変な学歴だから辞めたら後がないという崖っぷち感:7割
意地:2割
仕事への興味:1割、かなあ。



最近わかってきたことがある。

私が愛されない愛されない周りが怖いって思ってたのは、
自分が自分のことを愛されない人間だって思ってるからであって、
本当は周りは優しさとか色んなものをくれているんだってこと。
そこに目を向けずにネガティブ要素ばかりに目を向けていたから
世の中が恐怖に満ちて見えていたこと。


書くの恥ずかしいけど
私はたっぷり愛されてるし、人に対する愛情も持っている。


両親には特に、愛情を受け取ってあげられなくて寂しい思いをさせちゃったなあと思う。
いっぱい甘えてよかったんだ。
それは迷惑なんかでは全くなくて。

ごめんね。
これからもいっぱい甘えるし、親孝行もする。





出勤!



わかって貰おうと思わない。


病気を言い訳にしない。







7年かけて、得た信条。

傷つくことで恐れが生まれる。

怖い。

縮こまる。萎縮する。偏屈になる。



でも、本当にそれだけか。



噂話。悪口。嫌がらせ。あの冷ややかな視線。



人並み程度の経験はある。


それらへの耐性が人格形成に大きく影響するとしたら、こんな悲しいことはない。



傷つく経験は、マイナスでしかないのか?



恐怖以外に、何かを与えてくれはしなかったか。



「人の痛みがわかる」なんてよく言われるが、そんなの人それぞれでわかるわけがないのだ。






ただ。


この恐れを乗り越えたら、人から嫌われてもいいって思えるようになれる気がする。

それはとても自由だろう。



早く自由になりたい。

今年も書く。

去年は、「自立した人間になりたい」だった。

自立しつつ適度に人に頼れるようにって。


自分なりに色んなことを試して、大分近づけた気がする。

この1年も、たくさんのことがあった。




今は、周りへの感謝を形にしたい。

"感謝"って使われ過ぎて陳腐な言葉になりかけてる感があるけど。



「ありがとう」を忘れずにいられる人間になりたい。



最近強く思うこと。



無駄なことは何もない。

起きたことはほとんど正しい。

大きな流れに逆らう必要はない。

流れに飲み込まれることとは違う。


自然の流れに身を任せて。



はじめましては、はじめまして。

さよならは、さよなら。


それだけのこと。







ごめんね と ありがとう を