最終更新から早1年。
この時期に書きたくなるみたいだ。
社会に出て4年目。
仕事も一人暮らしも続けて、そこそこ元気にやっている。
そして今年、不登校だったり家庭に問題があったりする子たちへの学習支援のボランティアをはじめた。
10代後半、すごく苦しくて、孤独だった。
学校も行かず(通信制行ってたけど)、社会に居場所がなく、家でひっそり過ごしていた。
友達との縁もほとんど切れ、私も親もこれからどうしたらいいかわからなかった。
大学に入ることができても、自分が社会不適合の欠陥品という感覚が消えなかった。
社会人になるのが物凄く怖かった。
正直、社会人1年目はめちゃめちゃキツかった。
体育会系のグレー会社に就職してしまったことも災いして、ことあるごとに自分の社会性のなさを思い知った。
(しかしブラックに近いグレーだったから、おかしいのは会社側っていう場面も今思うとかなりあった)
大学では自由に過ごしてたから、中学以来集団に属してなかった私は「普通」がどんなものかわからなかった。
非常識だった部分もかなりある。
けど、経験・自分なりの基準・自信がなかったために、あまり質の良くない助言や忠告まで受け入れてしまい、しんどかった。
結局そこに染まりきることができず、2年たたずに辞めた。
転職した今、辞めて本当に良かったと思う。
随分のびのび過ごしている。大事にしてもらっている。有り難いことだ。
もう劣等感なんて感じない。自分を誇りに思う。
「新卒は3年勤めなきゃダメ」ってもっともらしいけどおかしな通説を跳ね除けて2年目で転職できたのも、10代の頃の経験が大きい。
「レールから外れたって、なんとかなる。」
その精神がいつの間にか、心に根付いていた。
あの死にたくなるほど苦しかった経験が、今の私を助けてくれている。
あの頃、ちゃんとした大人に「なんとかなるさ!大丈夫!」と言ってほしかった。
だから、今しんどい思いをしてる人達に、それを伝えたい。
なんとかなるし、その経験は強みになると
力強く、ハッキリと言ってあげたい。断言したい。
そんな風に思うようになった。
だから、微力ではあるけれど、今そういう活動ができていることが心から嬉しい。
あの頃の私も報われている気がする。
ほんの数年前は、「成長」なんてクソくらえと思ってた。
誰かにとって都合の良い人間になった状態を「成長」と言って洗脳してんだろ、と(改めて言葉にするとすごい考え方だな)。
でも どうやらそういうことじゃなさそうだ。
今、私は もっと大人になりたい。
もっと色んなことを背負えるようになって、自分と周囲を幸せにしたい。
そう思えるようになったこと自体が、物凄い成長だ。
というか、今だって結構幸せだなあ。
このブログをはじめて何気に10年。
こんなこと書くようになるとは夢にも思わなかった。
よくがんばった!がんばったよホント。
もう得体の知れない恐怖に怯えることはない。
迷ったり悩んだりすることはあっても、大体のことに立ち向かっていけるだろう。
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乞うご期待!だなこりゃ
生きてます。
そこそこたくましく。
ぼちぼちやってます。
最後にブログを書いてから早1年半弱。 あれから
海外一人旅に行ったり
職場恋愛したり
一人暮らししたり
無職になったり
お遍路行ったり
また就職したり
濃っっっゆい日々だった。
後半は「現実から目を背けないこと」を意識して過ごした。
嫌なこと、不都合なことから目を背け現実逃避してたら
一生幸せになれないと ようやく悟ったのだった。
やりたいこと・辿り着きたいところがあるなら
清濁併せ飲む覚悟が必要なのだと。
そうして総てを背負っていくのが 大人になることなのだと(というとかっこ良すぎるが)。
人を見る目がないのは 自分をよく見ていないから。
環境が悪いのは それが自分に相応しいと思っているから。
不安定なのは 悪意や負のエネルギーの侵入を許しているから。
本気で自分を守り、育て、慈しむ。
やっと、本当にやっとそれが出来てきた気がする。
疲れたら休む。
悲しければ泣く。
恐ければ逃げる。
嫌だったら断る。
楽しければ笑う。
嬉しければ喜ぶ。
やりたければやる。
そんなあったりまえのことが すごく難しかった。
でもできるようになった(怒るのは未だ苦手だけど)。
いつか本当に大切な人ができたら、同じようにすれば良いんだ、と思う。
相手の心を何よりも大切に。
それはこれからの私なら そう難しいことじゃない。
今の私、好きだ
歯ぁ喰いしばってやってきた甲斐があったべさ。
これからもいろいろあるだろうけど、なんとかなるべ。




