以前から好きで時間があるとよく観ています。

『世界ウルルン滞在記』―。

さっきも「再会スペシャル」なるものを雑用をしながら観ていました。


この番組を観ていると、ふとした瞬間に目頭が熱くなることがよくある。

不意に溢れ出してくる涙には我ながらビックリさせられる…。


今まで生きてきて感動したこと。

その場限りのものにしたくはない。


そう思って、そういう作業をした時期があった。

“感動の記憶”を辿ってその一つ一つの意味を噛み締める。

そんなことをしていたら自分の中心にあるものが垣間見えた気がしたものだ。

自分に感動を喚起する共通点?

自分の心に否応なしに触れてくる“何か”―。

数年前、それらを拾い集めた結果、

選択した行動の一つが脱サラだったり…。


今宵寝る前に、久しく行っていなかったそんな作業に取り組んでみようか。


日常の生活で、一言あれば…と思うことがよくある。


電車等の乗り物で、狭いスペースにドカッと腰掛けてくる人…

道端、すれ違いざまにぶつかってくる人…

挙げだしたらキリがない。

(もちろん自分がその相手方になるケースもあるだろう)


そんな時に「すみません」でも「失礼…」でも、

一言あればどんなにか心穏やかにいられるだろう…と思う。


挨拶の効用を思う。


先日お墓参りに行った際に、見ず知らずの人が…

「こんにちは」

何と気分の良いことか。

優しく、また清々しい気持ちになった。

ああいう場所だと自然と湧き出る言葉…。


日常の生活でもっと自然に挨拶が交わされたら、

今以上に優しい心で穏やかに過ごすことが出来るのに…。


なるべく“声”を出そうと思う。

一昨日の『手強い自分…』で書いたことに対して、

全く別の場面で全然関係のない人から意見してもらった気がする。

たまたまそんな話になったでは片付けられないようなタイミング―。

救われた気がしたし、励みになった。


「ありがとう!」

先日、プロレスリングノアの武道館大会を観戦して来ました!
プロレスは現在の唯一の趣味!?
まぁ、それは大袈裟だけど、プロレスファン暦はかなり(?)長く、現在プロレス観戦はとても良い気分転換になっている。


格闘技ではなく、プロレスが好き!
子供の頃の“プロレスごっこ”を除けば(笑)自分でやりたいとは全く思わないけど、改めて考えると何で好きなんだろう?

感動したことは数知れず…琴線に触れる何かがあるようだ。

常人離れした技や動きもさることながら、

きっとそこに“いち”レスラーの人生や生きざまが凝縮されているからなんだろう…。


ところで、ノアでのお気に入りは『KENTA』―。

同期が次々とやめていく中、一人頑張っていた全日本の練習生時代から気になって応援していた。

今やGHCジュニアヘビー級チャンピオン!

どの試合もハズレがないくらい面白い!

相撲界から来た同期の力皇がヘビーのチャンピオンになったけど、試合内容ではKENTAの圧勝だろう!

先日の武道館でも観客の沸き方が物語っていた。

センスもあるだろうけど、あの身体やスタミナを目の当たりにしたら、並大抵ではない努力が容易に想像出来る。
プロとして努力を惜しまず、さらに結果を出す…

見習うべき点は多い。


観戦後は、元気をもらっていつもの生活に…

自分もいずれそんな存在になりたい!

「一緒にいると元気になるよ!」って言ってもらえたら最高だ!

そういう意味では自分も闘い続ける…これからもずっと!

そう、相手は常に永遠のライバル『自分!!』


P.S.「一緒にいると安心するよ!」っていうのも捨て難い( >_< )

まぁ、相反するものではないか…


久々に泣きたくなった。
理由は?
十分自覚している。
以前からよくあること…
逆に言えば成長の跡が見られない。

そうありたくない自分にまたまた勝てなかった。
しかも、今回は人を巻き込んだ…
何を甘えているのか!
また一つ克服しなければならない課題を再認識…

昨日、お彼岸を前にお墓参りに行って来ました。

行ける時に行っておかないと、いつ行けるか分からないので…。

実際、今回だってかなり久々だったし( >_< )


現在自分があるのはご先祖様のおかげ。

ただ、遡ってみても、実際に知っているのは祖父母の代まで。

たった3代で…って、ちょっと寂しくもあるけど、徒然草の時代から変わらぬ世の常か…。

だからこそ、たまにはご先祖様を想い、しみじみと感謝の念にひたってみたいものだ。


ところで、何故自分がこの家に生まれてきたのか?

とりわけ、何故この父と母のもとに生まれてきたのか?

以前、考えた頃がある。

そして、自分なりに理解したことがある。

両親を自分とは違う“人間”としてみられるようになってからは、それがより深まった。

自分はこの父と母を選んで生まれてきた!

生まれてくるにあたり、自分が自らに課した課題を再認識した気分だった。

果たして、現在その課題をクリア出来ているか?

否―。

葛藤の真っ只中にいる…。

十五夜です。

昔、「ムーンパワーを吸収するんだ…」と、本気で月に向かって両手を大きく広げたりする友人がいました。独特な雰囲気をもった、とても素敵な人でした…。

独特な雰囲気をもった人には自然と惹かれます。他の人にはない独自のワールド—。画一化された社会で、みんなと一緒であることが安心材料であったような時代が過ぎ去った現在、その価値は絶対的だ。少なくとも自分には。

あ~、自分もそんな独特な雰囲気をもった人でありたい!

そんなことを思いながらも、無意識に他人の目を気にしているようではまだまだだ。無いものねだりで惹かれるのかも!?

今宵、太陽とは全く違う静かで包容力のある満月の力を全身に浴びました…

実は自分のことが大好きです。
でも、自分の嫌いなところもハッキリ自覚しています。
もちろん目指すべき自分の理想像に少しでも近付けるように頑張っているつもりではいるんだけど…


自分の嫌な部分は、何に起因するのか?

育ってきた環境?

いや、生まれ持った性格や人間性ってあると思う。

だとすれば…生まれる前に興味が沸いてくる。

この一番厄介な自分(の嫌な部分)という相手の正体は!?


決して、それによって治して欲しいとか、改善出来れば…とまでは言わないけれど、一度きちんと向き合ってみたい。

自分をよりよく理解し、より前向きに生きていくために。

退行催眠というのか、前世療法というのか、近々試してみようかな…と考えている今日この頃―。

『あなたがつまらなく生きた今日は、昨日死んだ者が、あれほど生きたいと願った明日』

素敵な言葉に出逢いました。

きっかけは、女子プロレスラー未来さんの訃報—。なんと皮肉な…とも思うけど、彼女が綴っていた日記の中にあった言葉です。
ブログで言葉を発信するということは、こういうことが起こり得るということなんだ。ひょんなことから綴った言葉が人の心をうつ…何かが伝わるっていうのは偶然ではないのかも。思いそのままではないかも知れないけれど、新たな生命を宿して、言葉が生き続けていく…。

まずは、今日をしっかり生きないと!

人間関係において、信頼関係が大切なのは言うまでもない。

そして、約束を破る人間は信頼に値しない…


英語だと分かりやすいけど、“自信”とは自分に対する信頼のこと。

自信のある人というのは、きっと自分と交わした約束を破らないのだろう。


自分と付き合っていく上で、自分との信頼関係は必須!

というわけで、コツコツと自信を得るために、今日は自分に対して一つ約束をしようと思う。


『帰宅時のコンビニ禁止!』


えっ、こんなこと?って言う無かれ。

これにもしっかり意味がある??


果たして、この約束は守られるか…

そして自信は深められるか…