膳に乗っているのは、見たことのない料理ばかりで。うまくて。酒もそっちのけで、貪ってしまって。晴の兄貴に笑われた
『だいぶ苦労してきたようだが...その割に擦れてねぇな』
良くも悪くも。兄貴の言葉に箸が止まる。どういう意味だろ...
『そんな顔しなくてもいーやな』
くくっと笑って。杯をあおる。この界隈に転がりこんだってことは、それなりに事情があるんだろうってことよ
『まぁ。雇われてんだから。何もしねぇのも気が引けるってんで、あれこれやっちまうのはわかるけどよ』
その手。なるべく光海の目に、つかねぇようにしろよ。え...
『あいつぁ、図太いようで。結構、気にしてんだよ』
自分の代わりに。下働きとはいえ、他人の血を流しちまったんだからよ。あ...
『すいやせん。まったく考えなしで...』
箸を置いて。あわてて頭を下げる。おぃおぃ
『謝るこたねぇやな。主を守ったんだからな。見上げた心根だ』
そういえば...あの...た、太夫は...あの日以来。姿を見ていない。杯を口に運んでいた晴の兄貴が。ちらっと俺の顔を見た
『さぁな...』
くいっと杯を干して。この界隈には居られねぇし。その先はたかが知れてるさ。晴の兄貴の言葉に。背筋が寒くなる
『あいつも馬鹿な女よ』
ため息まじりに、そう言いながらも。晴の兄貴の、綺麗な二重の目の奥には。愁の色が見えた。罠だとわかってても、嵌まっちまうんだから...恋ってのは厄介なもんだよな...え...兄貴が、独り言のように言葉を繋ぐ
てっぺんなんて。景色は良くても、それほど堅固なもんじゃねぇのさ。誰だって、その座を虎視眈々と狙ってる。光海は、太夫を諭したんだ。情もあったんだろうな。身の程を知れと。務めを果たせと。どこぞの旦那に落籍してもらえれば。そう遠からず、お天道さんの下を歩ける日だって来るんだ
『だが...それが...裏目に出た』
太夫は。その言葉を。光海の愛だと受け止めた。ふたりで手と手をとって。外の世界に羽ばたくことを、夢見ちまったのさ
『挙句、あの様よ』
はんっ。世話物でもあるめぇし。苦い薬湯でも飲むように、晴の兄貴が眉をひそめた
《つづく》
※きのーの最終更新です