『災難だったな』
気には掛けてたんだが...迂闊だった。すまねぇな。この界隈を仕切ってる、晴の兄貴が。心底すまなそうに
傷は深くはなかったけど。騒ぎにもなったし、目立つから。包帯が取れるまで、仕事はしなくていいと言われた。それも何だから。裏の仕事を手伝ってたりしていたら
『休めって言われてんだから、そんなにあくせく働くこたねぇわな』
晴の兄貴に声をかけられて。暇なら、そのおもしろい顔。ちょっと貸しな。廓から連れ出されて。外れの茶屋に招かれた
晴の兄貴も。陽炎の君と言う源氏名で、一世を風靡した玉魁だったそうだ。それも、人気も絶頂のときにすっぱり足を洗って。落籍されたわけではなく。表向きは。そしていまは。この界隈を仕切る、兄貴と呼ばれている
光海の君も。旭星の君も。晴の兄貴の手引きで、ここに来たのだという
《玉魁時代の名声に違わず、晴は福の神よ》
晴の兄貴の客は、出世して裕福になると。専らの評判だったそうだ
『おかげで廓のお宝に傷がつかずに済んだ。礼を言うよ』
いえ、そんな...まぁ堅っ苦しいことは抜きにしようぜ。さぁ、酌を受けてくれ。へ、へぇ...
『誰か呼ぶかい?』
飲み慣れない酒を干して。お返しに兄貴に酌をして。へ...だ、誰かとは...まったく思いつかなくて、戸惑っていると。俺の様がおもしろかったのか。晴の兄貴があっはっはと、整った顔に似合わず豪快に笑った
『この界隈で呼ぶとなれば、決まってらぁな』
思わせぶりに、にやりと口角をあげる。ぇ...ぁ...
『いぇ...そっちの方は...』
女子は...懲り懲りだ...そうかい
『まぁいいやな』
野郎同士で飲む酒も一興だ。鯱張らずに飲め。食え。へ、へぇ...促されるまま。膳の菜にぎこちなく箸をのばす
『そうか。怪我をしてたんだよな。食わせてやろうか』
ほら。口を開けろ。晴の兄貴が。膳の卵焼きをつまんで、突き出してくる。と、と、とんでもねぇ...思わず仰け反ってしまった。ははっ。冗談だ。その卵焼きを自分の口に放り込んで。楽しそうに咀嚼した
《つづく》
※おもったより長引きそーな...
※D&E出すと絡みがおわらない(・・;)
※きのーの更新です