コウライエビ(テハ)で有名な南塘(ナムダン)港は首都圏からのアクセスも比較的便利で、季節になるとエビを食べようと多くの人たちがドライブで訪れます。
ちなみに親戚関係が禮山でりんご農家を営んでおり、子どもたちが小さいころは年に2回くらい訪れていたので親しみがあるところです。
りんご園を見学したり、近所の山を散策したり、田舎の家の庭で肉を焼いて食べたりといい経験もたくさんしました。
まず訪れたのが徳山(トクサン)温泉地区です。
朝鮮時代の地理書である東国輿地勝覧や世宗実録地理誌などでも温泉の歴史を確認できるという、大変古い温泉だそうです。
1918年に初めて湯を利用した温泉として開発され、泉質はゲルマニウム成分配合の45℃以上の天然重炭酸ナトリウム温泉。
筋肉痛、関節炎、神経痛、血液循環促進、皮下脂肪除去と細胞再生を促進の効果が期待できるとのこと。
温泉地区内には、温泉場9ヵ所と観光ホテル、一般ホテルなど、約50の宿泊施設および各種飲食店などの便宜施設が揃っている、いるのですが、、、最近は寂れてしまっていて(これは韓国の多くの温泉特区にあてはまるのですが 涙)
こちらの徳山温泉観光ホテルも廃業してしまったホテルです。
別棟はロッヂ風の建物。看板を見る限りこちらの食堂では江原道(カンウォンド)料理を出していたようです。
コンドゥレ(コウライアザミの葉)ごはんとマッククス(蕎麦)。
源湯温泉、徳山温泉売店とあります。源湯は源泉のことですね。
目的のものが見えてきました。観光ホテル入口付近にあるのが温泉掘削のための道具と「地球乳」と刻まれた碑です。
「地球乳」!
1918年の開発は時代から見てもわかるかと思いますが、日本人が日本人のために行ったものです。観光ホテルの場所にはかつて和風の旅館があったのですね。
こちらの碑は1947年に地下180mまで掘って湧き出た温泉を記念するために造られたものです。1984年5月に忠清南道文化財資料第190号に指定されました。
温泉水が母乳のように湧き、大地の恵みに感謝して温泉水を地球乳と呼ぶことにしたのでした。
観光ホテルはすっかり廃墟化してしまっていますが、地球乳の碑に関する案内板は元気です(褪せていたりしていません)。
地球乳は観光ホテルだけに存在するものであり、あとは全部偽物なんで、とざっくりと説明するとそのようなことが書いてあります。
敷地内にはかわいらしい案内の碑?があります。ハングルで徳山温泉と刻んであります。
観光ホテルは1997年に開業。2000年になると営業不振に陥り、そして2018年3月に廃業。
徳山温泉特区。とてもいいものを持っているのに、いろいろなアイディアで、そして若い人たちの力で再び注目を浴びる観光地になる可能性があるのにもったいないなと思います。
こちらが気づけないいろいろな問題があるでしょうが、国内旅行の需要に対応できるような特区の振興を勝手に祈りたいと思います。
「地球乳」の碑を確認したあと、「内浦褓負商村(ネポボブサンチョン)」というテーマパークに行きました。
温泉特区からすぐのところにあります。
マイナーすぎる(個人意見です)テーマでテーマパークをつくったものの、人が来なさすぎてオープンしてすぐに行き詰ってしまっているというニュースでずっと気になっていたところです。
褓負商(ポブサン)とは朝鮮時代の商人のこと。褓(ふろしき)で包んだ荷物や商品を背負って韓国各地の市場を売り歩いていました。
全国を常に移動しているので宅配業者的な仕事も担っていました。いろいろな食糧なども運搬していたそうです。
おそらく情報を伝えるメッセンジャーの役割もしていたでしょうね。
残念なことにオープンは10時過ぎ。到着したときは9時半くらいだったので中には入れませんでした。
といいますが、入場料が強気でしたね(悪口ではありません)。
地域N文化では多様な褓負商のコンテンツを楽しむことができます。
いろいろな体験施設や褓負商にまつわる歴史展示ブースなどがありますが、コンテンツ力がちょっとアレでして。
ハード面はだいぶお金をかけているのですから、ソフト面を充実させればよいのにもったいないと思う典型的な例ですね。
“礼徳商務社は、1850年頃に礼山・徳山・沔川・唐津が形成した4村連合褓負商組織で、礼山と徳山が中心となって運営しました。褓負商組織の多くは日本統治時代に解散しており、それ以降も受け継がれている数少ない褓負商組織の一つです。礼徳商務社は、朝鮮王朝の太祖こと李成桂(イ・ソンゲ)の力となった逸話で有名な褓負商の祖、白達元(ペク・タルウォン)が根源とされています。”
↓こちらのサイトから引用しました。
ありがたや。














