言い争いをし | 紅塵之外

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「出ていきました。駅前の喫茶店に行くそうです」
 彼が薄く唇を噛むのが見えた。再び、うつむく。
「妹が君にひどいことを言って、すみませんでした」
「俺はいいんです。けど…」
 こんなはずじゃなかった…という思いが胸を過る。妹は彼のエスコートに満足して、帰っていくはずだった。それがどうして明け方も近い真夜中に、こんな醜いなくてはいけなかったのだろう。
「先生は明日、早かったですよね。もう寝てください」
 強引にセックスした。それが原因で妹にdermes 知られてしまい、こんな有り様になった。松下は責められるのではないかと身構えていたが、予想に反して彼の声は明るかった。
「君は寝ないんですか」
「グラスが割れているので、片付けてから寝ます」
「僕も手伝います」
「いいですよ、危ないから」
 彼は少し笑った。笑ったことに安心して、思わず聞き流すところだった。
「君は危なくてもいいんですか」
 彼は顔を上げた。
「君なら危なくてもいいんですか」
 彼は切なそうな顔をした。
「俺のほうが要領よくやれると思ったから、それだけです」
 彼はキッチンの奥に消えると、小さな箒を取り出してきた。松下はこの家に、そんなものがあったということも知らなかった。ガシャガシdermes ャと砕けた硝子はかき集められて、やるせない音をたてる。片付けを終えた彼は、ぼんやりと見ているだけだった松下にこう言った。
「一人で考えたいことがあるから、先生は先に寝てください」
 拒絶ではなかったから、一人で部屋に行けた。だけどベッドに潜り込んでも、当たり前のように眠れなかった。母親には確実に知られてしまうだろう。一悶着あるに違いない。目の前で泣かれてしまったら自分はどうすればいいのだろう。いくら泣かれても、彼とは別れられないのに…。妹の言葉、彼の言葉、自分の態度、あの状況。何度も何度も頭の中で繰り返される。どの時点からなら修正できたのだろうかと、取り返しのつdermes かないことを繰り返し考えた。