楊修(ようしゅう)
『鶏肋』ですが、体が貧弱である意味にも使われるそうです。
楊修ですが、曹操
に仕えた武将ですが曹操の三男(実際は五男)の曹植
の学問の先生でもあったそうです。
劉備軍と漢中の攻防戦において、曹操軍が苦戦を強いられていた時に曹操がふいに口にした
『鶏肋』という言葉の謎を解き、退却の準備を始めた為に曹操の怒りに触れて処刑されたそうです。
曹操にしてみれば、見透かされたようで悔しかったのでしょうか?
「鶏肋は、捨てるには惜しいが、食べても腹の足しになるほど肉がついてない」
すなわち
「漢中は惜しいが今が撤退の潮時」
と解釈したそうですが、結果この戦いは惨敗で曹操自身も弓矢で前歯を折られ命からがら逃げ帰り
兵士らは、楊修の言葉通り軍を引いていれば損害を最小限に食い止められたのにと思ったそうです。
この他にも、楊修は何度も曹操の言葉の謎を解いていたそうです。
頭のいい人だったみたいですが、曹操には気に入られてなかったようですね。
さて、私個人としては楊修に対しての印象は、中華スープ好きですよ、私は。
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