2023年がスタートし


周りの活動は通常モードになっています。




ただ、私にとっては


仕事納めも仕事始めもない


初めての年末年始。




自分で新たな雰囲気をつかんでいくことが


大切なんだなぁと改めて思います。


環境的には締めも始めもないわけで。





で、


スタート!っていう気分を感じつつ


なぜ💩の記事を書き続けているのだろうと


改めて2023年をどうしていきたいのか


考えてみました。







今、60記事を書いて


目標の100記事まであと40記事と


なりました。





2022年内に達成するかと思いきや


11月からのトンネルが長かった。





💩がスッキリし始めたら


自分の中に溜め込んでいた感情


(=今まで無かったことにしていた闇)


が次から次へと現れてきました。





これはハードでした。





ただただ苦しくて涙が出てきて


どうすることもできないわからない。




でも、


エセポジティブに前向きになろうとすること


だけはしてはいけないと感じた。




それは溜まった💩をがマンすることと


おんなじだからだ。




便通ケアをとおして


💩をガマンすることは


万に一つもいいことはないと体感している。




であれば


感情だっておなじこと。





「感情を露わにしない」


大人として大事と思って


ネガティブな気持ちって出さないで


ガマンしてきた。


だいたい、笑ってやり過ごしてきた。




もちろん、


誰かれかまわず


ぶつけることがいいわけじゃない。





ここも💩といっしょ。




一人でトイレで出すように


一人で感じてみること。




💩出すときって、


全身の筋肉使ってタイミングよくいきむ。


決して楽ではない。


便意って違和感だなって思うし。


気持ちいいものではない。




感情も


特にネガティブなものは


感じたくない。


だからこそフタしてきたんだけど。




ひとり布団の中とかで


ひっそり泣いたり怒ったり悔しんだり。


けっこうハードでした。




そんな自分を見たくなった。


そんな自分を認めたくなかった。


あさましい気持ちやズルい面。










でも


出した後は?





めっちゃスッキリなんだなぁ。





苦痛の後の快感。


嵐のあとの青空。















便秘で苦しんでたときって


感情も押し込めてて


なんて不幸なんだろうって思ってた。







誰にもわかってもらえない


誰にも認めてもらえない







何もかもが詰まって溜まって滞ってる状態。















私の場合


便秘と内痔核が


もうどうにもこうにもいかなくなって


やっと何かが回りはじめた。






めぐりはじめた。











「食べて出す」っていう


人間というか動物として


あたりまえのことを見直すだけで


人生を楽しめるようになる。







私は


このことをお伝えしたいのだと思います。





私には


💩がきっかけで


めぐりはじめたことが多すぎるのです。




もちろん、


これからも観察は続きます。




このめぐりの輪は


私だけにとどめておくのではもったいない。




あたりまえすぎて


見逃してしまいがちな便通。



でも一旦滞ると恐怖と不安のどん底に。



あたりまえに出せる幸せを


一人でも多くの人が享受できることを


望みます。




そして


めぐりの輪が広がっていくことを


望みます。