ココロとカラダ。



2つに分かれているようで

すごく密接にかかわっていて

どちらかが優位になってても

うまく回らなくて。





「出残り便秘」と「内痔核脱肛」に

苦しみ抜いた私の場合、

精神的な世界に偏りすぎて

物質的な世界と不調和を起こしてたんだ

と思う。














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数年前から

『瞑想』を始めた。

2018年くらいからだから

4年目になるのか…



本当に熱心にし始めたのが

2019年の冬。



そのときの私はといえば

謎の便秘の最中で

ワラにもすがる想いで

解決策を模索してた。



瞑想をして

ごちゃごちゃした感情や思考を

片付けたら

便秘も治るんじゃないかと。





そこから1年半

2021年の夏、

私は万座温泉の一室で限界を迎えた。



この点描画を描き始めたとき。


座ることすら辛かったんだよなーー。


痛くって痛くって

そう思うと、

瞑想どころか生活に集中できない

カラダだったんだわーーーと

今なら納得できるんだけど😆



寝ながら描いてたことを

思い出す。







そして

湯治最後の晩に見つけた

「みのり先生のブログ」



一睡もせずに読みふけった。


朝には初診の電話予約をした。

電話口で感極まって、

言葉が出なくなってしまった。

担当の方が待ってくれて、

ホッとして。










そこから

物理的なケアも始まったわけです。















🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑🍑











で、今に至ります。











国宝級💩

国宝級🍑










この状態で1年ぶりに

万座温泉に行ってきました。







硫黄の香りに

1年前のことを思い出しつつ。






歓喜の中で

お湯に浸かっていました。



お湯が私をあたたかく

包んでくれる感じがして

お湯から出たあとも

ずっとくるまれてる感覚で

ぐっすり眠りました。



万座の湯は

本当に強力で

帰ってきて1日経っても

フワリと香りがします。




どちらかに偏っている私を

元に戻してくれるのが

万座のお湯かもしれません。



ただ、偏ってたことが悪いとも思いません。

振り切って偏ることで

人生に波が起こる気がするからです。



偏ったら

元に戻せばいいだけなので

偏ることを怖がることもありません。



偏りたいときもあっていいんだと思います。







朝、

瞑想して

目を開けたら

朝日が山から出てきたところでした。







少し秋の気配がする風に

昨年9月に大阪肛門科診療所に

旅立ったときのことがよみがえります。










痔自体は悪いものではない。

便通ケアは地味だけど超大事。

痔によって日々の排泄が苦しくなったら

手術を考えてもいい。












肛門科受診は大きなハードルです。

私は10代から経験しているので

行くこと自体に抵抗はありませんでした。




でも

触診が大の苦手でした。

怖い。

内痔核が傷ついていたので

痛い。








だからこそ

瞑想で治してしまえたらいいなぁと😆






今なら分かります。

はやく診てもらいなさい、って。











みのり先生は必ず診てくれます。

指での触診の後、肛門鏡も4回入ります。








痔自体は悪いものではないけど

万が一、痔ではなく

緊急に対処すべき症状の場合も

あるからです。





幸い私の場合は

「出残り便秘」と「内痔核」でした。


あと痛さレベルでは一二を争う

「随伴裂肛」という文字にするのも

恐ろしげな症状でした。

脱肛のたびに出血。

よく2年半くらい毎回毎回

脱肛させてたなぁと自分で感心するレベル。










精神的に治せるならば

絶対に避けたかった物理的な手術。





でも

降参して受けてみたら…





















国宝級💩

国宝級🍑



何度も言いたくなっちゃう。
























歓喜に包まれております。






今では触診すら歓喜。


痛みもなくなって

大騒ぎしなくなって

その変化に歓喜。

静かな感動とともに終わります。








便秘や痔のことで苦しんでいる方に

届くことを望みます。






物質的な面に振り切りすぎて

痔だけチャチャっと切らなくてよかったし。


精神的な面に偏りすぎて

瞑想=迷走しなくてよかったし。


でも偏った分

揺り戻すための波に乗れたし。






別にバランスよく生きていこうって

いうわけでもなく。








結局はなんでもありですね。








自分で選んで

自分で決めて

自分で責任を引き受ける

ってだけのことで。









苦難も歓喜も、

そのときで選べばいいわけで。








私は

苦しみのどん底からの歓び‼️っていう

劇的なドラマを楽しみたかったんだなぁ。





あの絵も育ってきました。

どういうふうに完成するのか。




最近

右下のあたりに渦が誕生しました。








私にとって

次の章が始まります。








地味だけど地道に。

毎日続けていく。




便通ケアも

瞑想(=大いなるわたしとの一致)も

点描画も




それが次の展開が開いていく鍵になる🔑