旅立ちの日 | 大腸ガンで逝ってしまった双子の妹の451日の闘病記録

大腸ガンで逝ってしまった双子の妹の451日の闘病記録

2022年8月に54歳の若さで大腸(横行結腸)ガンにより逝ってしまった双子(二卵性双生児)の妹の闘病生活を兄目線で想い出しながら記録として残します。

2022年8月19日(金)7:15 【自宅にて】

 

この日は晴天で朝から暑かった。

起床して顔を洗っている時にスマホから電話の呼び出しコールがなった。

 

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看護師:「こちらG研有明病院の緩和ケア病棟の看護師のXXと申します。

 

今朝からXX(妹の苗字)さんの呼吸状態が浅く血圧も低下しておりますので、出来るだけ早くこちらにいらしていただけますか?」

 

オレ:「分かりました。これから準備して1時間ほどで着けると思います。」

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この後、すぐに準備し着替えて妻と二人でタクシーに飛び乗りG研有明病院へと向かった。

 

やはり昨日思った「今日あたり危ないかも?」という予感は的中したとタクシーの中で思った。

 

9時少し前に病院に到着した私たちは、妹に悟られぬよう普段通りに病室に入り「おはよう~」と声を掛けた。

 

妹は声を発することは出来ないまでも、首を私たちの方に向け視線を合わせることは出来たので、私たちは取りあえずホッとした。

 

その後、私たちはI先生と話をして「今夜あたりが山場かも」と言われたので、病室に泊まり込む覚悟をした。

 

ただ、I先生は夜勤明けで午後には帰ってしまうらしく、次に出勤するのは月曜日とのことであり週末は他の先生に引き継ぐとのことだったので、妹の最期を看取ってもらうことは難しいだろうと残念に思った。

 

この日は妹も意識がハッキリとしているものの、やはり呼吸が浅くなっているのは私たちの目にも明らかに分かり、看護師さんも30分おきくらいに様子を見に来てくれていた。

 

この日も妹は大好きなカルピスウォーターを少しだけ飲んで、嬉しそうな表情を見せてくれた。

  

生前最後の写真(亡くなる3時間前だが、まだ視線は合っていた)

 

 私たちがベッドを挟んで両側から妹の手を握りずっと話かけていたが、お昼過ぎくらいだったと思うが、それまで私たちと合っていた視線が急に合わなくなり、眼だけが上を向いてしまうようになった。


このころから少しずつ呼吸の間隔が長くなりはじめ、ついに『14時25分』深くて長い息をしたのを最後に妹の呼吸は停止した。

 

ナースコールを鳴らし看護師さんに状態を確認してもらった後、彼女は「先生をお呼びして来ます。」と言って素早くナースステーションへと駆け戻っていった。

 

ここで、また奇跡的なことが起きた。

 

夜勤明けで昼過ぎには帰宅すると言っていたはずのI先生が偶然にも残務処理のためにまだ勤務中で、妹のために病室に来てくれたのである。

 

I先生はゆっくりとした動作で妹の瞳孔確認と聴診器で心音や呼吸確認を行った後、私たちの方を向き

 

I先生:「14時40分 死亡確認、ご臨終です。」

 

と静かに言い深くお辞儀をした。

 

この瞬間、私は自然と涙が溢れてくるのを止める事が出来なかった。

 

しばらくしてから溢れる涙を堪え、やっとの思いで

 

オレ:「長い間お世話になり、ありがとうございました。妹も大好きだったI先生に最期を看取ってもらえて本当に幸せだったと思います。」

 

と告げ、私たちも深々とお辞儀をした。

 

この後、I先生は死亡診断書作成のため看護師の方と一緒に退出した。

 

私は再度妹の傍に行き穏やかな表情で眠る顔を見つつ、まだ温もりの残っている手を握りながら

 

「54年間お疲れ様だったね。良く頑張ったね。偉かったよ。

 

これでガンに蝕まれた身体から解放されて自由になれて良かったね。

 

XXの分も長生きするつもりだから、見守っていてね。

 

今度もまた双子で生まれて来ようね。今までありがとう!!」

 

と語り掛けた。

 

 

 

 

その後、看護師さんが機械浴で身体をきれいに洗い『エンゼルケア』をしてくれるとのことだったので、生前に妹が「最後はこれを着させて欲しい」と決めていたワンピースと口紅を渡し、私たちは病室から一旦退出した。

 

 

この日はとても暑くて夏らしい日でした。

 

 

私は事前に決めていた葬儀社に電話を掛けたり、親せきなどに連絡を取ったりバタバタしていると、先ほどの看護師さんが「妹さん、キレイなお姿になりましたよ。」と声を掛けてくれた。

 

病室に戻ると、そこにはお気に入りのワンピースを着てキレイにお化粧をしてもらった妹がいた。

 

オレは「髪の毛も洗ってもらって、口紅やファンデーションまで塗ってキレイにしてもらって良かったね。」と妹に語り掛けた。

 

綺麗になった妹をしばらく眺めた後、退出準備をして看護師さんにストレッチャーに移してもらって病室を後にした。

 

病棟裏側の関係者用エレベータ前にその日出勤中の看護師さんや医療スタッフの方が10名ほど整列されており、妹と私たちに深々とお辞儀をしてくれた。

 

中には顔馴染みとなった看護師の方も何人かいらっしゃり優しく声を掛けてくださったので、私はここでもまた溢れる涙を抑えることが出来なかった。

 

オレ:「2カ月もの長い間お世話になり、優しく温かいケアをしてもらって妹は幸せな時間を過ごすことができました。

 

皆さんのお陰です。本当にありがとうございました。」

 

関係者にお礼を言った後、私たちはエレベータで地下一階の霊安室へ移動し葬儀会社のお迎えを待った。

 

葬儀社を待っている間、「もう明日からここに通わなくて良いんだ」と言う安堵の気持ちと「お世話になった先生や看護師の方ともう会えなくなるんだ」という寂しさの相反する思いが胸の中に去来し、何とも不思議な気持ちになった。

 

15分ほど待っていたであろうか、葬儀社の車が迎えに来たので妹を乗せた後、最後の見送りに来ていただいた看護師の方に別れを告げ、私たちは長らくお世話になったG研有明病院を後にした。

 

THE END

ストーリーはこれにて終了となり、明後日の更新が最後となります。