妹がG研緩和ケア病棟に入ってから真っ先にやろうと思っていたことがある。
それは『エンディングノート作り』である。
具体的には預貯金(クレジットカードやキャッシュカードなどの暗証番号も含む)、実家の権利書、有価証券の有無、その他の資産、保険関係、スマホ、パソコン、ネットサービスなどのログイン情報、葬儀の希望、友達の連絡先など多岐にわたる情報を聞いてメモしておかなければならなかった。
これらの情報は「妹の意識がはっきりしており、ちゃんと喋れるうちに聞き出しておこう」と心に決めていたが、なぜか切り出せずにいた。
5月中旬に残り1~2か月と余命宣告を受けてから残り時間は少ないという認識は妹も私も当然のことだがお互いに持っているはずだが、私自身それをあえて言葉に出して言うことを恐れていた。
余命宣告を受けてからというもの、妹はほとんど入院しており面会できなかったので余命のことを話し合う機会も無かったのだが、それを口で言うことで妹の悲しむ表情を見たくなかったのかもしれない。
そんな勇気の無かった私に千載一遇のチャンスが訪れた。
それは入院後、数日経過したある日のことである。
この日は私一人でお見舞いに訪れたのだが、妹からふとこんなことを言われた。
妹:「もうこれ要らないから、あげる。」
といって、私に手渡してくれた物があった。
それはまだ『お金の入っているお財布と家の鍵』であった。
オレ:「えっ、どういう事?」
妹:「だって、下のコンビニ(病院の1Fにコンビニがある)にも一人で行けないからお金を使うこともないし、家に帰ることもないだろうしさ。。。」
妹が「預かって」と言う言葉を使わず「あげる」と言ったことに私は少なからず内心ショックを受けた。
妹は緩和ケアに入る前から既に筋力の低下などで一人では歩くことはできず、車イスでしか移動できなくなっていたので、ジュースやお菓子などの必要品の購入は私たち夫婦が代行していた。
オレ:「分かった・・・取りあえず預かっておくね。」
さらにこんなことも言われた。
妹:「あと夏用の薄手の喪服持ってるの?これから暑くなるから1着買っておけば?」
オレ:「そうだね~秋冬用しかないから新調するか!」
こんなやり取りがあって、もう妹は自分に残された時間がわずかであることをはっきりと自覚し、覚悟を決めたのだろうと私は悟った。
私は財布の中身を確認しながら、このチャンスを活かそうと思い立った。
オレ:「そういえば、このキャッシュカードの暗証番号とか銀行口座の情報を聞いておかないとなぁ」
妹:「そうだね~今のうちに教えておくね!」
と言って、この日から何回かに分けて必要だと思われる情報を全て聞き出しメモすることに成功した。
この出来事があってから、私は何かに躊躇すること無く妹の残された時間をムダにしないよう全力を尽くすことを改めて誓った。