たくさんの仲間と共に過ごしてきた
英会話スクールでの
かけがえのない大切な日々


そんな素敵な日々をくれた
「きっかけ」となった
ポーランドのペンパル君のお話、
しばらくお休みになっていましたが
ここからまたちょっとの間、
ペンパル君のお話に
お付き合いいただけたら嬉しいです
ペンパル君からの
1本の国際電話がきっかけとなり、
英会話スクールの
門を叩いたあの日から
いつの日か
ペンパル君に会う事があったら
「自分の言葉」で
きちんと会話がしたい、
その想いが、
いつしか私の「目標」となり、
英語を学ぶ原動力になっていました




そうして月日は流れ、
「文通」から始まった私たちの交流は
時代の流れと共に
パソコンでのメールのやり取りに、
更に、携帯メールのやり取りへと
移り変わっていきます

そして
ポストに手紙を見つける
ドキドキの代わりに
いつでも同時に会話が出来る
楽しさを覚えました




私自身の英会話力も
努力の甲斐あってか、
確実に自分のものに
なりつつある事を感じながら、
お互いに
「いつか会えたらいいね」の言葉が
挨拶のように繰り返されるように
なっていました


『ポーランドと日本』
そう簡単に会える距離ではない事も
お互いに理解しながら
19歳の冬に文通から始まった
私たちの「異文化交流」は、
気付けば20年という長い年月、
続いていたのです






そう、20年。
生れた赤ちゃんが成人を迎えるまで、
気の遠くなるような、
長い長い時間です。
そしてそんなある日の事、
ペンパル君から
突然のメールが届きます。
「台湾で個展を開く事になった。
アジア初進出なんだ
台湾だったら日本からも近い。
会いに来てくれないか
」
」『個展』
そう、文通を始めた19歳の頃から、
彼の夢はずっと
「画家になる事」だったのです。
昔から、
封筒の中には手紙のほかに
いつも何かしら
小さな絵が同封されていて、
私も彼の夢をずっと
応援し続けていました


何度もイギリスやフランスへ
絵の勉強で短期留学していた事、
美術の学校でアシスタントとして
バイトをしながら
必死に絵を学んできた事、
彼からの手紙には
画家になる夢が
たくさん描かれていたのです




その彼が夢を叶え、
ヨーロッパ各国で
個展を開けるまでの画家になった事もまた
私たちの長い交流の中で語り合い
「いつかアジアで個展を開いて
日本にも行ってみたい」
という彼の言葉も
遠い夢ではない事を
いつしか感じるようになっていました


そんなペンパル君から、
『アジア初進出
』の第一歩となる、
』の第一歩となる、台湾での個展開催という報告を受けて
自分の事のように
嬉しくなったのと同時に
この20年の間、漠然と
「会えたらいいね」と言っていた事が
急に目の前に、
現実のものとなって
現れたような気がして
何とも言えない
不思議な気持ちに包まれた事を
今でもハッキリと覚えています


さてさて
今回はすっかり長くなってしまいました

続きはまたゆっくり
お伝えしたいと思います


今日も最後までお付き合いくださって
ありがとうございました

