気まぐれ -4ページ目

気まぐれ

日々の出来事だけでなく、その時の感情や思考迷いまで書き残す場所。嬉しい日も苦しい日もごまかさず自分と向き合うための記録ブログ。

 

 

 

第1章:晩ごはんは、一日の終わりを知らせる合図

 

晩ごはんというのは、ただの食事ではなくて、「今日が終わるよ」という合図みたいなものだと思っている。朝ごはんや昼ごはんよりも、ずっと意味が重たい。栄養を摂るためというより、気持ちを区切るための時間に近い。

仕事をしている日も、何もしていない日も、気分が良い日も悪い日も、時間は同じように流れていく。だけど、晩ごはんを食べると、はっきりと「今日はここまで」と感じられる。

今日は、特別なことがあったわけじゃない。誰かに褒められたわけでも、落ち込むほどの失敗をしたわけでもない。ただ、淡々と時間が過ぎただけ。それなのに、なぜか少し疲れていた。

体じゃなくて、気持ちのほうが。

スマホを見て、意味のない動画を流し見して、気づけば外が薄暗くなっている。

「そろそろ、晩ごはん」

その言葉を頭の中でつぶやいて、ようやく立ち上がった。

――――――――――――――――

 

第2章:冷蔵庫の前で立ち止まる

 

冷蔵庫を開けると、いつもの光景がある。半分使った野菜、賞味期限が近づいた豆腐、いつ買ったか覚えていない調味料。

これらは全部、私の生活の痕跡だと思う。きちんとしているわけでもなく、だらしないわけでもない、ちょうど中間くらいの現実。

「今日は何にしよう」

私は毎日のように、この言葉を言っている気がする。そして毎回、すぐには答えが出ない。

料理が好きかと聞かれたら、たぶん「普通」と答える。嫌いではないけど、特別好きというほどでもない。ただ、やらないと落ち着かないだけ。

今日はなんとなく、重たいものを食べる気分じゃなかった。でも、あっさりしすぎるのも嫌だった。そういう曖昧な感覚のまま、私は野菜を切り始めた。

切る音が、トントンと静かな部屋に響く。そのリズムに合わせて、頭の中のざわざわが少しずつ減っていく。

――――――――――――――――

 

第3章:台所は、思考を休ませる場所

 

台所に立つ時間は、私にとって「考えすぎなくていい時間」だ。何かを決断しなくてもいいし、誰かに説明する必要もない。

切る。洗う。炒める。味付けする。

その単純な動作の繰り返しが、頭を空っぽにしてくれる。

フライパンの音、油のはじく音、少しずつ広がる匂い。それらが混ざって、「晩ごはんの匂い」になる。この匂いは、なぜか安心する。

子どもの頃、家に帰ると、台所から何かの匂いがしていた。その匂いがあるだけで、「帰る場所がある」と思えた気がする。

今は、私がその匂いを作る側になった。誰のためでもなく、自分のために。

今日の料理は、凝ったものじゃない。ただの炒め物。失敗もしていないけど、感動するほど美味しいわけでもない。

でも、それでいい。

「今日の私は、これで十分」

そう思えた。

――――――――――――――――

 

第4章:一人で食べるということ

 

私は一人で晩ごはんを食べることが多い。

誰かと食べるごはんは楽しい。でも、一人で食べるごはんには、別の意味がある。そこには、誰にも見せない顔の自分がいる。

静かな部屋で、箸の音だけが聞こえる。

一人で食べていると、自然と一日を振り返ってしまう。思い出そうとしなくても、勝手に浮かんでくる。

今日も、たいしたことはしていない。でも、それなりに生きた。起きて、動いて、考えて、ここまで来た。それだけで十分じゃないかと思う。

誰にも褒められなくても、自分だけは「よくやった」と思っていたい。

晩ごはんは、そのための時間なのかもしれない。

――――――――――――――――

 

第5章:食後の静けさ

 

食べ終わると、少しだけ静かになる。お腹は満たされているのに、気持ちの中に余白が生まれる。

今日という一日が、少しずつ遠ざかっていく感じがする。

完全に疲れが取れるわけじゃないし、悩みが消えるわけでもない。でも、「今日はもう頑張らなくていい」という空気が、部屋に広がる。

食器を洗いながら、水の音を聞く。この作業も、私にとっては区切りだ。

洗い終わると、「今日にやることは、もうない」と思える。

私はこういう小さな儀式みたいなものに、ずいぶん助けられている。

――――――――――――――――

 

第6章:特別じゃない夜の価値

 

SNSを見ると、豪華な食卓や、おしゃれな晩ごはんが並んでいる。そういうのを見ると、たまに思う。

「私の晩ごはん、地味だな」

でも、地味でいい。

むしろ、地味だから続く。

毎日、感動的な夜なんていらない。ほとんどの夜は、今日みたいに静かで、普通で、少し疲れている。

それでも、私は晩ごはんを作る。

「ちゃんと食べる」

それだけで、十分に自分を大切にしていると思う。

――――――――――――――――

 

第7章:明日も、また

 

明日もきっと、同じように悩む。何を作ろうか、面倒だな、今日は簡単でいいかな。

それでいい。

人生は、だいたいこんな夜の繰り返しでできている。

今日の晩ごはんは、誰にも覚えられない。私ですら、数日後には忘れているかもしれない。

でも、その一回一回が、確実に私を支えている。

「今日も、ちゃんと食べた」

それだけで、今日は合格。