第1章:晩ごはんは、一日の終わりを知らせる合図
晩ごはんというのは、ただの食事ではなくて、「今日が終わるよ」という合図みたいなものだと思っている。朝ごはんや昼ごはんよりも、ずっと意味が重たい。栄養を摂るためというより、気持ちを区切るための時間に近い。
仕事をしている日も、何もしていない日も、気分が良い日も悪い日も、時間は同じように流れていく。だけど、晩ごはんを食べると、はっきりと「今日はここまで」と感じられる。
今日は、特別なことがあったわけじゃない。誰かに褒められたわけでも、落ち込むほどの失敗をしたわけでもない。ただ、淡々と時間が過ぎただけ。それなのに、なぜか少し疲れていた。
体じゃなくて、気持ちのほうが。
スマホを見て、意味のない動画を流し見して、気づけば外が薄暗くなっている。
「そろそろ、晩ごはん」
その言葉を頭の中でつぶやいて、ようやく立ち上がった。
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第2章:冷蔵庫の前で立ち止まる
冷蔵庫を開けると、いつもの光景がある。半分使った野菜、賞味期限が近づいた豆腐、いつ買ったか覚えていない調味料。
これらは全部、私の生活の痕跡だと思う。きちんとしているわけでもなく、だらしないわけでもない、ちょうど中間くらいの現実。
「今日は何にしよう」
私は毎日のように、この言葉を言っている気がする。そして毎回、すぐには答えが出ない。
料理が好きかと聞かれたら、たぶん「普通」と答える。嫌いではないけど、特別好きというほどでもない。ただ、やらないと落ち着かないだけ。
今日はなんとなく、重たいものを食べる気分じゃなかった。でも、あっさりしすぎるのも嫌だった。そういう曖昧な感覚のまま、私は野菜を切り始めた。
切る音が、トントンと静かな部屋に響く。そのリズムに合わせて、頭の中のざわざわが少しずつ減っていく。
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第3章:台所は、思考を休ませる場所
台所に立つ時間は、私にとって「考えすぎなくていい時間」だ。何かを決断しなくてもいいし、誰かに説明する必要もない。
切る。洗う。炒める。味付けする。
その単純な動作の繰り返しが、頭を空っぽにしてくれる。
フライパンの音、油のはじく音、少しずつ広がる匂い。それらが混ざって、「晩ごはんの匂い」になる。この匂いは、なぜか安心する。
子どもの頃、家に帰ると、台所から何かの匂いがしていた。その匂いがあるだけで、「帰る場所がある」と思えた気がする。
今は、私がその匂いを作る側になった。誰のためでもなく、自分のために。
今日の料理は、凝ったものじゃない。ただの炒め物。失敗もしていないけど、感動するほど美味しいわけでもない。
でも、それでいい。
「今日の私は、これで十分」
そう思えた。
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第4章:一人で食べるということ
私は一人で晩ごはんを食べることが多い。
誰かと食べるごはんは楽しい。でも、一人で食べるごはんには、別の意味がある。そこには、誰にも見せない顔の自分がいる。
静かな部屋で、箸の音だけが聞こえる。
一人で食べていると、自然と一日を振り返ってしまう。思い出そうとしなくても、勝手に浮かんでくる。
今日も、たいしたことはしていない。でも、それなりに生きた。起きて、動いて、考えて、ここまで来た。それだけで十分じゃないかと思う。
誰にも褒められなくても、自分だけは「よくやった」と思っていたい。
晩ごはんは、そのための時間なのかもしれない。
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第5章:食後の静けさ
食べ終わると、少しだけ静かになる。お腹は満たされているのに、気持ちの中に余白が生まれる。
今日という一日が、少しずつ遠ざかっていく感じがする。
完全に疲れが取れるわけじゃないし、悩みが消えるわけでもない。でも、「今日はもう頑張らなくていい」という空気が、部屋に広がる。
食器を洗いながら、水の音を聞く。この作業も、私にとっては区切りだ。
洗い終わると、「今日にやることは、もうない」と思える。
私はこういう小さな儀式みたいなものに、ずいぶん助けられている。
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第6章:特別じゃない夜の価値
SNSを見ると、豪華な食卓や、おしゃれな晩ごはんが並んでいる。そういうのを見ると、たまに思う。
「私の晩ごはん、地味だな」
でも、地味でいい。
むしろ、地味だから続く。
毎日、感動的な夜なんていらない。ほとんどの夜は、今日みたいに静かで、普通で、少し疲れている。
それでも、私は晩ごはんを作る。
「ちゃんと食べる」
それだけで、十分に自分を大切にしていると思う。
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第7章:明日も、また
明日もきっと、同じように悩む。何を作ろうか、面倒だな、今日は簡単でいいかな。
それでいい。
人生は、だいたいこんな夜の繰り返しでできている。
今日の晩ごはんは、誰にも覚えられない。私ですら、数日後には忘れているかもしれない。
でも、その一回一回が、確実に私を支えている。
「今日も、ちゃんと食べた」
それだけで、今日は合格。