4月13日。

新年度になってからあっという間に10日以上が過ぎた。


進んでいく手帳のページやグングン成長していく窓の外の緑に戸惑いつつも、いちにちいちにちには確かな手応えを感じて、とても心地よい日々をすごしている。


この4月は、私にとって環境がガラリと変わる月だった。


未来をなんとなく描きはじめたのはちょうど一年前なので、昨年の今頃からは進んだり戻ったり躊躇ったりしながら、本当に本当にたくさんのことを考えてきた。


そんな、様々な思考をめぐらせていくなかで強く決意したこと。


4月からは、これまで以上に自分の人生を責任もって扱うということ。


具体的にいうと、

どんなことでも自分の意思をしっかり持ってチョイスしていくこと。

その結果どんな感情が生まれたとしても、なかったことにしないで全てを味わうこと。


準備の期間が充分とれたこともあってかとても良いスタートダッシュが切れて、ここまではすごく順調。


自分の選択を尊重しよう、どんな結果になろうと責任をもとう、という決意をするのに長い時間と大きな覚悟が必要だったのは、その結果、きっとたくさんの苦しみに遭遇するだろうと思ったから。


でも、実際は逆だった。


4月に入ってから、毎日はびっくりするくらい穏やかだ。


責任もってチョイスしていくことは、たとえその結果が痛みを伴うものだったとしても、運や他人任せにしたのとは全く違う種類のところに結びつくということを知った。


今年の1月。

私が年始にたてた目標は「もとの自分にもどること」だった。


「もとの自分」がどんな自分なのかと聞かれたら困ってしまうのだけれど、毎年目標を決める元日に、ふしぎとポロリと出たことばだった。


ひとつひとつチョイスしながら過ごすいちにちを重ねるにつれ、身の回りがどんどんシンプルになっていく。


余計なものがなくなって、最終的に手元に残ったものは、きっと自分はそれをなくしてしまってもう戻ってこないだろうと思っていたものだった。


なくしたわけではなくて、こわしてしまったら大変だと思ったから、無意識のうちに避難させていたのか、と気付いて、だからこそこれは自分の表現に昔から今までもずっと影響していて、むしろそれこそが根幹だったと確信した。


こねくり回したり新しい価値観をインストールしようとしたりしたけれど、私のこの核はやっぱり変わらないし、これこそが自分なのだとおもえるようになった。


シンプルになっていったからわかって、わかったからなお捨てられる。

…おもしろい。


年始に自分が思考の中から拾ったことばはこういうことで、もしかしたら、自分のこころの底からの欲求だったのかもしれないとおもった。


心地よくておだやかで、それはそれは、バランスのいい毎日。



念願叶ってやっと行けた古民家カフェ。

穏やかな時間がずっとながれていた。



7年あたためてきた
「いつかできたらいいな」を叶えるべく
色々な準備を始めました。

きょうはそのうちのひとつの初日。

コツコツやってきたことに確実な手応えを感じられて嬉しさを感じられたのとともに、改めて気合いも入りました。


「いつか」という願いは、ある日突然誰かが現れてなんとかしてくれるなんてことはなくて、やっぱりそれを実現するには、自分で動いていかないとどうにもならないと思うわけです。


生まれたものをなかったことにしたりためる時間をかけすぎると夢は呪いになりかねないっていうことは、若い自分が身をもって学んだこと。


だからもうどんどん行動起こそうって決めました。


今回体感したのは、やっぱり願いは口にしたほうが良いんだなということ。


思えばこの「できたらいいな」が動き出したのは、1年前にそれを口にしたところからでした。


願いを叶えるならば口にすること、ってよく言われるけれど、これってやっぱり本当だったんだなと痛感しています。


さー、がんばろう!


先日行った競馬場。

めちゃめちゃ久しぶりで嬉しかったなぁ😌✨






2022年3月31日は
私にとって大きな区切りの日となりました。


全力疾走6年。

トータルでは何と14年も経っていました。

長かったなぁ。
長かったよね。
だって、あまりに居心地がよかったから。

あたたかな環境とあたたかな出会いに甘えてしまっていたところがたくさんあって。

だから、きっとこのタイミングで決断しなければ一生甘え続けてしまうし、きっと自分にとっても最後のチャンスだと思ったので、責任もって自分で選択しました。

信じてきたものにことごとく心を砕かれて絶望しかけた時に、ああ私が夢見た世界はちゃんとあるんだ、だから私が目指していた本物だって絶対にあるんだ、って思えたのは、この14年があったからです。

頂戴したお花たち。
嬉しくて、照れくさくて。

これまでの感謝を言葉にしたら、強くこみあげるものがあって声が震えてしまいました。

この14年分を無駄にしたら
それこそおまえ何やってんだって話ですネ。

感謝でいっぱい。
これからは、これまで以上に頑張ります!





祖父母が生きていた頃から、家族や一族のお祝いでよく利用したハイアットリージェンシー東京。


小田急電鉄が売却を検討とのことで、きっとこの先いろいろ変わってしまうであろう前に家族で行ってきました。


中華の翡翠宮でランチを。



家族との思い出の場所が変わっていくのはなんともいえないせつなさがあって、そのショーケースをみたら一気に寂しさを感じてしまって。


ここで祖父母と過ごした大切な時間を強烈に思い出して、時のながれを意識せずにはいられなくなりました。


両親とすごす時間も、

姉と過ごす時間も、

どうやったって限りのあるもの。


むしろこれから先、あとどれだけ一緒にいられるだろう。


家族とすごす一瞬一瞬。

もっともっと、大切にしようとおもったのでした。




​映画好きの声優仲間から聞いた話に
ガッツリ影響を受けまして
さっそく映画館に足を運んでみました


前回の記事で、来年度はインプットを増やしたいと思っていることと、声優仲間Uくんにどんなふうに観る映画をチョイスしているかを聞いてみたことを綴ったのですが…。

影響を受けやすいわたくし、翌日さっそく映画館に足をはこんでみました☺️✨

日々息を吸って吐くように映画を観ている彼は、話のなかで「出先で思いがけず時間があいたときに映画館に行ってこれから始まる映画をゲリラ的に観ることもある」ということを言っていて。

出先で空き時間ができた時はたいていカフェに入ってお茶しながら時間をつぶすが当たり前だった私は、(思いがけず時間があいた時の選択肢に映画館があるなんて…😳!!!)と衝撃を受けたのです。

その衝撃は自分で思っていた以上に大きくて、翌日収録が終わった後、いったんはカフェに入ったものの(時間…あるなぁ……映画館…行ってみようかなぁ…!!)と、いてもたってもいられなくなり、お店を出て映画館へ。

下調べも何もせず、本当に到着5分後に始まるスクリーンにかけこんでみました。

その結果…



め、め、めっちゃ私好みの映画に出会えてしまった😭!!!

正直こんな出会いは期待していなくて、単純に(ゲリラ的に映画館に行って映画を観るってどんな感じなのかしら…)という好奇心を満たしたい気持ちだったのに、バッッチバチの当たりをひいた気がしています。

演技スタジオ時代の名残で、映画を観る時はどうしても観すすめながらあたまのなかで台本分析やキャラクター分析をしてしまうのですが、主演のブラッドリー・クーパー氏が主人公スタンの全体の目的をどんなチョイスで演じているかの予想が最後の最後にズバッと裏切られたような気持ちになって、その演技の複雑さと深みにガッテンしつつ、なんともいえない興奮を覚えて家路につきました。

なにも調べずに映画観に行って、こんなふうに作品に出会うのって…。
ものすごく、いいですね。

自宅鑑賞だけじゃなくて、こうやってちょいちょい映画館に足を運ぼうと思ったのでした。

ちなみに…非っっ常に恥ずかしながらギレルモ・デル・トロ監督作品ということすら把握せずに見始めたのに(あーッ!そ、そこまで描くのですか人のそういうところをー!)というかんじがとっても『シェイプ・オブ・ウォーター』を観た時の気持ちに似ていて、後からいろいろ調べてこちらもとってもガッテンしました。