2018年の”年頭所感”は なんだったっけ・・・? | 魂の選ぶ声を聴く ~言葉にならない想いをつなぐ~

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東洋医学と西洋医学を融合し
陰陽五行理論とからだの反応をもとにした
キネシオロジー(筋肉応用学)を使って
無意識のからだのストレス反応を
意識的に変えることで
気づきと健康に役立つサポートをしています

毎年 年の初めに「漢字一文字」で

その年のイメージをしている

 

・・・が いつも すぐに忘れてしまっている

 

 

 

この10年日記も 今年で書き終える

 

・・・子どもの頃から 日記は書き続けていて

当たり前のように続いていることのひとつ

 

大したことは書いてないんだけれど(^^;)

 

 

 

3年前の2015年の「年頭所感」は『許』だったらしい


 

「許 かぁ‥‥


そうだよなぁ、許してもらったよなぁ


許すとは、私が私を許すこと」

 

 

 

すっかり うっかり 忘れてるくせに

その一年をふりかえると

そんな「一文字」の一年になっている

 

 

 

・・・で?

 

2018年は?

 

 

今年もすっかり忘れている

 

 

 

 

『抜』

 

力を抜く やり抜く

 

・・・って 書いていた!!

 

 

 

書いたから そうなるのか?

 

それとも 自分のことを予知してるのか?

 

 

抜こうと意識していた一年だった気がする

 

 

このところ 「ぐさっ」「いらっ」「かちんっ」とくるときは

何かしら「はりあっている」からなんだと 自分を見ている

 

 

もう はりあうのは 手放したい

こりごりなんだ

 

 

「なにくそ」と 力を入れなくても大丈夫だから と

自分を安心させていたいと望んでる

 

 

 

 

次の10年日記も用意されてる

 

 

大したことは 書かれてないんだけれど

厚いページをめくってみると

10年 一日一日 そのときを生きていた私は

やっぱり いとおしい(みたいだ)