何かを教えるというより 再教育されている母っぽい ~”おうちごはんの「教育モデル」“~ | 魂の選ぶ声を聴く ~言葉にならない想いをつなぐ~

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無意識のストレス反応を意識的に変化させて
気づきと自然治癒力を高め 自分や周りのひとの存在に光をみる人生を楽しんでいます

ひとり暮らしの娘が

「健康診断」で 「要経過観察」の項目があったことから

 

食生活を見直してみようかね・・・と

 

一緒に 食材の買い物をしてみることにした


 

娘が いちばん利用しているスーパーに行き

 

「いつもの感じで 買い物してみて?」

 

と 言うと

 

瞬く間に 姿が見えなくなってしまった

 

 

・・・私と娘の歩く速さの違いだろうか?

 

 

娘を探しまくっても しかたがないので

ひとりで そのスーパーの陳列を見て歩く

 

ここに こんなのがあって・・・? 

ふむふむ

 

娘の「要経過観察」項目に役立ちそうなもので

娘が嫌いなものじゃなくて

娘に調理する気が起きるもので

 

・・・と 目星がついたところで

娘を探す

 

 

娘の買い物かごを見てみると

 

「ねえねえ これで 足りんかった栄養素 補えそう?」

 

「・・・いや ないね」

 

 

見事なまでに 「要経過観察」はのぞむ変化になりそうにないので

 

もう一度 ふたりで 目星をつけていたコーナーへ向かう

 

 

「これだったら 使えそうじゃない?」

 

 

娘にとって

 

高すぎるもの

量を持て余すもの

時間がかかりすぎるもの

 

だと どんなによさそうなものでも

役に立たない

 

 

かんたんで 役立ちそうなものを

本人が選ぶ

 

 

 

手作りのおかずを差し入れはしても

自分で自分ことができるように

 

 

「でもね クリームシチューは作ったんよ

野菜いっぱいいれてね

スンドゥブも好きじゃけするよ

わかめスープもするよ」

 

 

・・・すばらしい

 

 

だれでもみんな 「初めて」から 始めるんよね

 

 

 

娘に何かを教えるというより

 

娘への寄り添い方を 再教育されていく母っぽい