ユウ氏の家にやってきたエヌ氏が言った。
「君はいつも変な発明ばかりしていて、女の子に逃げられているそうじゃないか。そろそろ、身を固めたらどうだい」
「それはお互い様だろう。いや、心配には及ばないよ。最近こんなものを作ってね」
おーい、とユウ氏が呼ぶと、眼鏡を掛けた青年が部屋に入ってきた。
「呼びましたか、お父さん」
「ああ、お客様だ。すまないが、お茶を淹れてくれるかい」
「わかりました」
青年は台所の方へ引っ込んだ。やがて、コーヒーの良い香りが漂ってきた。
「驚いた。いつの間に子供が出来たんだい」
「じつは、発明品というのは彼のことなのさ」
「精巧なロボットと言うんじゃないだろうね」
「惜しい。どちらかといえば、クローンに近い」
ユウ氏はエヌ氏を連れて倉庫に向かった。
白くてつるつるした、人が入れそうな大きさの楕円形の球体が、台座に置かれて並べられている。
「まるで、大きな卵のようだな」
「鋭いな。ここにあるのは、発明家の卵だ」
ユウ氏は得意げに説明した。
「優れた人物のことを、何とかの卵だ、と言う比喩があるだろう。まさしく、この卵からは優秀な発明家が生まれるのさ」
「流石、くだらないな。まさかその駄洒落を言う為だけにこれを作ったんじゃないだろうね」
「ここからが大事だ。鳥類の刷り込みと同じで、生まれた人間は最初に見た人間を親だと思い込む」
そう言われて、エヌ氏も得心がいった。
「なるほど、親の言うことを聞いてくれるというわけか」
「きちんと愛情を注いで育てれば、の話だがね。そこは普通の親子と変わらない」
「さっきの彼もこの卵から生まれたのだな」
「その通り。さあ、そろそろ戻ろうか」
それから二人は客間に戻って、青年の淹れてくれたコーヒーを飲み、談笑した。
そのうち青年も会話に加わり、話は弾んだ。発明家の卵だけあって頭が良く、独創的で、斬新な切り口からの政治の話をしてみせた。
やがてエヌ氏が帰ろうとした所で、ユウ氏が引き止めた。
「エヌ氏は小さな医院を開いているだろ。よかったら、医者の卵をあげるよ」
エヌ氏は少し迷って、
「いや、別にいいよ。そもそも子育てなどしたこともないし」
「それは私もだ。まあ、やってごらんよ」
結局、エヌ氏は卵を受け取ることにした。実のところ、ユウ氏と青年の仲むつまじい様子を見て、羨ましくも感じていた。
卵はユウ氏が車でエヌ氏の家まで一緒に送ってくれた。別れ際に、注意も忘れなかった。
「いいかい、最初に見たものを親だと思うんだからな。それから、ちゃんと愛情を注ぐこと」
それから、エヌ氏は卵を暖炉の前まで運び、暖めた。
やがて卵にヒビが入り、中から裸の青年が現れた。当然ながらエヌ氏に顔は似ていないが、柔らかい茶髪で背は高く、優しそうな男だった。
慌てて青年の前に立ち、自分の顔を見せる。
「あなたが、僕のお父さんですね」
しきりにまばたきをしながら、青年が言った。
「あ、うむ、そうだ。とりあえず、そんな格好では風邪を引いてしまう。これを着なさい」
エヌ氏は白衣を脱いで、青年に被せた。
やはり医者の卵だからか、不思議と白衣が様になった。
「ありがとうございます」
それから、エヌ氏は愛情をもって青年を育てた。と言っても、言葉だって喋れるし、身の回りのことは自分で出来るので、難しい事はなかった。
青年はエルと名付けられた。エルはその名前を気に入り、エヌ氏にも情が移った。
親子の会話は仕事の話が多かったが、話題には事欠かなかった。
エルは医者としても優秀だった。診察は正確だったし、手術も最初のうちはエヌ氏が付き添っていたものの、すぐにエルに仕事を任せるようになった。
看護師たちは、いきなり現れた全然似ていないエヌ氏の息子に驚いていたが、エルは人当たりの良さですぐに打ち解けた。
ある日、エヌ氏が書類仕事を片付けていると、看護師が飛び込んできた。
「どうしたんだ、そんなに血相を変えて」
「大変です、エル先生が手術中におかしくなってしまって」
それを聞いて、エヌ氏も青ざめた。
クローンに医者の仕事を任せるべきではなかったのかも、と焦る。
「分娩室に来てください。エル先生は赤子を暖炉の火にかざしたり、ハンマーで叩こうとして」
しまった、卵生か!
エヌ氏は部屋を飛び出した。