秋
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私の存在の奥深いところへ
進んでいくと
なにかを予感させる
強い力が働きだし
まるで自分自身が
太陽から贈られた
小さな芽のように見えてくる。
そしてその芽は、
私の魂の力となって
澄みきった秋の情景のなかで
あたたかくいきいきと
息づいていく。
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もし私たちが
本当の自然を知りたかったら、
ひとりひとりの魂のなかに
目を向けなければいけません。
なぜならもう夏から秋へと
季節はうつりかわったからです。
夏、私たちは
外の自然界に向かっていました。
暑い夏の光を
とりいれるだけでなく、
高次の目に見えない力も
そこで受け取っていました。
その崇高な力は今、
私たちのなかに存在します。
しかもそれは
思考の力
になるのです。
夏に外界に広がっていた
私たちは秋になって、
ふたたび自分自身を
取り戻します。
そして
「なにかを予感させる強い力」
と通して
「まるで自分自身が
夏の太陽から贈られた
小さな芽のように見えてくる」
という体験をします。
しかし
この秋のミヒャエル祭の季節は、
ただ単に夏にように
「予感」
を体験するだけではありません。
私たちのなかに生きる
小さな芽は活動しています。
夏に贈られた種が秋、
魂の大地のなかから
芽を出しはじめたのです。
自然界の植物の芽は
秋、眠っています。
人間の自我の芽は
思考のなかで目覚めだし、
私たちの魂を暖めます。
それではいったい
「なにかを予感させる強い力」
とは何のことでしょう?
もしかしたら、
本当の奥深くに存在する
自分自身のこと
を言っているのかもしれません。
感謝してます