森の奥、聖域のような静けさのなかで、
ひときわ大きく聳え立つ一本の大樹が、視界に入った。
その根元に広がる静謐な空間は、
まるで世界そのものが呼吸しているかのようだった。
その場に佇んでいたのは、
言葉を操る術の深奥を極め、惑星の再生を見つめてきた老師だった。
老師は、すでにすべてを知っていたように、
ゆっくりと目を開けて私を見つめる。
やがて彼は静かに立ち上がり、森の奥――
ひっそりと湧く泉のほうへと、私を導いた。
それは、“光と闇の狭間”から生まれた泉。
エメラルドグリーンの水面が静かに煌めき、
その中心から、命の源のようなものが脈打っているのがわかった。
私はそっと、水に触れる。
その瞬間、胸の奥に優しく染み込むような、
(おかえり) という音なき声が届いた。
――私は、“ここ”に還ってきたのだ。
老師はその様子を見守りながら、静かに言った。
「意味が生まれる “余白” を育むことだ。」
その言葉を深く胸に刻み、私は静かに頷いた。
✳︎
「君は、ただの癒し手ではない。」
老師の声は、柔らかさのなかに、どこか揺らぎを含んでいた。
「若い頃、私は言葉を “術” として使っていた。
痛みを封じ、感情を抑えるための道具として。」
彼は静かに、けれど深く続けた。
「だが、ある旅の詩人に出会ったとき、すべてが変わったのだ。
その詩人は、こう言った。」
『傷を隠す言葉は、誰にも届かない。
けれど、震えながらも差し出した言葉は、
きっと、誰かの灯火になる。』
✳︎
「その言葉に、私は救われた。
初めて、自分の痛みに “負けてもいい” と、
そう許された気がしたのだ。」
老師の声は、柔らかさのなかに、確かな力強さを宿していた。
“負けてもいい”
その言葉の奥には、むしろ
『闘う者の強さ』 が秘められていた。
それは過去の自分と真正面から向き合う者だけがまとう、静かな光。
私はふと目を閉じる。
これまでの道のりが、静かに胸に蘇ってくる。
あの日、ルーゼン・デルで、
“穢れ”のように焼き払われそうになった言葉たち。
けれど今、
そのひとつひとつが、この森のなかで、
再び命の響きとなっている。
✳︎
森を離れようとしたとき、ふと胸の奥で響いた。
それは、ただの教えではなかった。
忘れていた命の記憶を、もう一度繋ぎ直すための言葉――。