夫が掃除機をかけていた。


私がその光景を目にしたのは、

今年に入って二回目だと思う。


私は「ありがとう」と言った。

夫から前に、感謝が足りないと言われたので言葉にしておこうと思った。


すると夫は、


「たまには掃除しろ」


と言った。


は?


私は休みの日に掃除をしている。

今回私は9連勤だ。


夫がいない時間にやることが多いので、見ていないだけだ。

私が念入りに掃除をした日でも、家族はそれに気づかないくらい掃除をしている。


私は言い返した。

「私は休みの日に掃除をしている。私が掃除していなかったら、もっと汚れているんだよ」と。


夫は、

「分かった!」と言って、それ以上会話は続かなかった。


一瞬、「ありがとうと言わなければ良かった」と思った。


なので最近は2人でいても、黙っている時間が増えた。


代わりに、文章を書く。


こういったことに、強く影響を受けたくないと思っているからだ。


その出来事によって生まれた気持ちに、囚われたくない。

でも、なかったことにもしたくない。


物語にすると、そこに良い悪いの判断はあまり残らない。

少し距離ができて、どうでもいいような場所になる。


囚われない、というのはそういうことなのかもしれない。


言葉にならなかった私の気持ちを置いてけぼりにしないように、

物語として昇華する。


私が日々の出来事を物語にして綴る理由は、そこにある。