イーリウスは、まるで雲の上を歩いているかのように軽やかに空を駆けていた。
足元には白銀の雲海が広がり、波のようにゆらゆらと揺れながら月光を受けて静かに輝いている。
風は優しく頬をなで、まだ胸の奥に残るあの歌の旋律の余韻が耳の奥でそっと響いていた。
やがて、雲海を抜けると、眼下には深く立ちこめる霧が広がっているのが見えた。
イーリウスが翼をひとふりし、ゆっくりと高度を下げていった。
そこはリュミエルの森。
視界を覆い隠すほどに濃い霧が、すべてを包み込んでいた。
私はその背からそっと降り立ち、足元の感触を確かめながら、一歩を踏み出した。
霧の中のこの森は、**“魂が世界へと降り立つ直前に触れる”**と伝えられる――原初の森。
完全なる静寂が広がっている。
言葉も思考も、感情すらも芽吹く前の、
**「純粋な状態」**が、この空間を満たしていた。
隣を歩くイーリウスも、まるで何かに耳を澄ませているように、繊細な気配をまとっている。
苔むした巨木が立ち並ぶ森は、時間ではなく、
**“感覚の層”**を幾重にも重ねて成り立っているようだった。
大地を踏みしめるたびに、私の中の奥深く、
まだ形を持たない感情がゆっくりと浮かび上がってくるのを感じた。
やがて霧は、風に吹かれたようにやわらかく晴れていき、
木々のあいだから差し込む淡い光が、そっと私たちを照らした。
その木漏れ日の中へ、イーリウスが一歩、私の前へ出た。