誕生日の意味 | Slow Hunger

Slow Hunger

ゴスペラーズを中心に、いろいろと

G10・DVD、フライングで手にされた方も多いのではないでしょうか。
明日購入予定のわたしは、明日の昼間に高速道路での自動車教習。
無事に教習所まで帰還し、心置きなく鑑賞できますように。


このところ、晩秋~年明けのライブの案内をよく目にするようになり、
手帳をめくって秋以降の仮予定をたてる時期になりました。
暑い暑いといっていても、みちのくには少しずつ秋の気配が浸透してきています。
ついこのあいだ年度が変わったような感覚なんだけどなー…。
帰省してからの日々も本当に早い。ほぼ毎日外出するのでなおのこと。
来月になれば年齢がひとつ上がってしまいます、ひゃー。


誕生日といえば。正直、もう感慨とか感動があまりありません。
決して「祝ってくれるな」という意味ではなくて、さすがに生誕20周年を年越えてみると、
誕生日がただの日付になってくるんですよ。
別にその日を境に何かが劇的に変わるわけではないから。
それに二十歳も過ぎると、誕生日の定義が変わってるような気がして。
周りから祝ってもらう日というよりは、周りへの感謝の気持ちを新たにする日…
あなたがたのおかげで今のわたしがあります、と意識しなおす日に。
昔は背が伸びれば誉められていたけれど、今はそうはいかない。
毎年少しずつでも中身が「オトナ」になっていかないと、
誕生日に何か特別なことをする理由がなくなってしまう。


わたしがものすごく感銘を受けた言葉があります。
『同じことをやり続けるためには、内面をものすごい速さで変えていかなくちゃいけない』
2001年・NHK「トップランナー」での村上氏の言葉。
それを聞いて、時の流れとは後ろ向きに進むベルトコンベアなのだと思ったのです。
前に運んでくれるものでは決してない。
止まっていたら、自分はどんどん後ろに追いやられて過去のモノになってしまう。
同じ場所にいるためには歩みを止めてはいけないし、
進もうと思ったらその何倍もの努力が必要になる。
休んだら休んだ分だけ走らなきゃいけない。
「止まったら死ぬ」ではないけれど、それからずっとゴスペラーズを追いかけてきて、
グループを率いる村上氏の姿勢はこの言葉に集約されているとつくづく感じています。


何が言いたいのかというと。
誕生日に自分を誉めて、笑って祝える人間でありたい。
「この一年、アタシこれだけ進んだ、育った」と。言うのは簡単、実践は困難。
ちょっと空回りでも、手足を動かそうと思います。


…って、なにコムズカシイ話してるんでしょうね。
秋は近いなー、誕生日も来るなー、なんて考えていたらこんな話になっちゃった。
村上氏ネタもちょろっと出てきたので許してください。
カッコいいことは言っていますが、実際にできているかといえば甚だ疑問です。
自分にプレッシャーを与えてみたという感じでしょうか。
今年の誕生日、予定は未定です。どこで過ごすのだろうか…。


* * *


今週のゴスカレンダー、心臓に悪い。