先日、久々に終電を逃し、タクシーで帰宅をせざるを得なくなった。
僕はタクシーに乗り込み、行き先を告げた。
「南行徳までお願いします。」
運転手:「はい。大通りでいいですか?」
僕「はい。お願いします。」
タクシーが走りだした途端、何かイヤな予感がした。
「あ、あれ?これってどんどん北に向かっているのではないか?」
そこからだ。私の目がタクシーのメーターにくぎ付けになったのは。
メーターが初乗り料金の720円を突破し、4ケタに到達しようかというとき、私は焦ってこう切り出した。
「あ、あの、これって北に向かっていませんか?」
酔っていても方向感覚は大事だ。確実に北に向かっていると思ったのだ。東に向かわないといけないのに。そして、引き続き、私の頭脳にある方角レーダーと料金メーターとの睨みあいはまだ続いていた。
「いえ、これは東に向かっていますよ。」
え?
タクシーの運転手は、必死でナビを指さしながら現在地と向かっている方向を説明してくれた。
「あぁ、そうなんだ。」
私は感嘆の声を漏らすと同時に、自分の方角レーダーの頼りなさに失望した。
その時、タクシーの運転手はこう言った。
「お客さん、会社からタクシー代出ないんですか?」
あぁ、この運転手さんは私が仕事で遅くなって、自費でタクシー代を切っていると思っているようだ。そして、私が血眼になって料金メーターを睨みつけているのは自分で身銭を切るからだと思ったのだろう。
「ええ、なかなか仕事が終わらなくて。」
僕は咄嗟にウソをついた。
単に飲みで終電を逃しただけだ。すると、運転手は続けた。
「お客さん、社会人になってどれくらいですか?」
「ええと、14年目です。」
「そうなんですか~、10年目くらいだと思いましたよ。若く見えますね。」
何なんだ、その4年のサバは?微妙だわ!!
と思いながら、私は切り返した。
「いや、、、若く見えても結婚してたら全然メリットないですよ。」
「え、そうなんですか?結婚されているんですか?」
「はい。子供もいるんです。」
車内はしばし沈黙に包まれた。
何故か私はその沈黙に耐えきれず、言葉を紡ごうとした。
「でも、運転手さんも大変ですよね。こんな時間からお仕事なんて。朝までお仕事なんですか?」
「はい。そうなんですよ。朝なんてお客さんが急いでいるから、もう大変で。」
その時、運転手さんが醸し出した「哀愁」が半端なかった。そして、私は、何故かこの運転手さんは「同志」だと思った。今まさに何かを共有している、何かを。
まさしくタクシーの中は「呉越同舟」ならぬ「越越同舟」状態となったのだ。
■■
そんなシンパシーに包まれている中、タクシーは家の近くまで到着した。
そして、タクシーを降りる間際、その運転手さんはこう言ったのだ。
「●●●●をお大事にね。」
不覚にも、●●●●の部分は完全には聞き取れなかった。
「おくさん」と聞こえたように思えたが、私は何かもっと違うものだとも思った。
あの半端ない哀愁からそんな陳腐なものが発せられるわけはない。
もっと何か深淵なるものが発せられるはずだからだ。
願いがかなうなら、もう一度、その運転手さんに聞きたいのです。
「私は、何を大事にすべきなのか?」
と。