自宅療養で
薄紙を剥ぐように
快方に向かっている気がする。

ただ、きのう丸一日かかった
Win「7」から「10」へのシフト作業では
そうとう心身の疲労感を覚え、
けっきょく現在「7」に戻したので、
無駄な徒労にオワッタようで
余計にストレスになった。

体調の回復を待って、
「10」移行への再チャレンジの前に
「7」内のファイルやデータを整理し、
クリーンアップ作業をもしとこうと
考えている。

スマホもまだ初心者の域なので、
使いこなせていなくて、
ここにきて、「10」にも
慣れなくてはでは、
テクノストレスに陥ってしまいそうだ(笑)。




きのうは、
元T中の校長で
大学ギター部仲間のNを経由して、
T幼稚園での「講演&ミニコン」の
依頼があり、快諾した。

予定は6月なので、
新年度の学校行事に組み込むための
この時季の打診である。

去年も
棚倉の幼稚園で
「レクコン」をやり、
帰りに小判寿司に寄れたので、
今年もそのコースでいけたら
幸いである。

6年もお世話になった棚倉なので、
ご恩返し、お礼奉公のつもりで
精一杯やらせて頂こうと思う。

もっとも、
幼稚園の教頭先生には、
「旅費+alpha+小判寿司なら
来ると思うよ・・・」
と、仲介のNが
言ってくれたらしいので、
タダ働きにはならないと思うが・・・(笑)。

久しぶりの棚倉訪問は
楽しみでもある。




今週は、音楽堂で、
明日リハ、土曜日コンサトで、
日曜日には「フィルジッヒ・オケ」の
ベートーヴェン・プログラムを聴きに行く。

6年もリサイタルをしたこともあり
音楽堂ラバーなので、
館内はもとより
周辺の飲食店までもと
勝手知ったるエリアになった。

それ以前は、
馴染みがなかったので、
何処に何があるかさっぱりで、
音楽堂に車を置いて
ちょいと離れた処に食事に出ると
迷子になってしまうこともあった(笑)。

そんな時に、
ランドマークになったのが、
旧「緑女」現「東稜高」の
円形ドームである。

新卒後、2年間、
看護科の講師として
教鞭をとった学校でもあるので、
そこから方位を割り出すと
迷路チックな住宅街内から
抜け出せたことが幾度かあった。




家ん中で、
まだ整理仕切れていない部屋が
二箇所あって、
冬休みは寒い、
夏休みは暑い・・・で、
なかなか片付けに着手できずに
もう何年も物置状態になっている。

そこには、自分やカミさん、
子どもたちの過去の関わり物が
山となって残存している。

ほとんどは「断捨離」対象だが、
なかには手を止めさせて、
ホホゥ・・・懐かしいなぁ・・・と、
回顧するようなアイテムも
少なくない。

キチャナイ「ファイル」を開いてみたら、
なんと、大学1年の時に
4年生とペアになってやる
「1・4ゼミ」のガリ版による
レジュメが綴じてあった。

生物学研究会内でのゼミなのだが、
新入生を4年生が指導する
という名目にもなっていた。

自分のお相手はNさんだったが、
「生命の起源についてやりたいんです」
と言うと
「俺は、植物生態学だから、何も知らんぞぉ・・・」
と言われて、
ひとり勝手に勉強を進め、
相談する機会もなく
ゼミでの発表となった。

数ヶ月かけて
ノート一冊分を
B4一枚のレジュメにまとめたが、
高校の同級生だったTからは
「どんだけやったんだぁ・・・」
と驚かれ感心されてしまった。

先輩のNさんには
申し訳なく思いながらも、
Nさんの方も何もかまってやれず
任せっきりで一切タッチされなかったので、
発表当日には
居心地わるそうにされていた。

今でこそ、
NHKでの『コスミック・フロント』などで
【宇宙生物学】というタームが
当たり前のように使われるようになったが、
77年頃の国立大学の生物学教室では
そんなのは「夢みたいな」空想か
戯言(ざれごと)みたいなもんだったろう。

でも、この時みっちり自学したことは、
後年、生物教師となってから、
「生命の歴史」や
「進化論」の授業をする時に
おおいに役立った。

カール・セーガンの
『コスモス』のビデオを併用して、
生徒たちの「生命」や「生き物」の
起源に関する興味・関心を惹くことが出来た。

子どもたちのレポートも
未だに、戸外の物置の
どこかのダンボール箱には
捨てずに収納している。

それらには、
「命がどうやって生れたのか、
初めて知って、驚かされた」
「自分たちは、宇宙の誕生と
関係があるんだということを学んだ」
「ミラーの実験が衝撃的だった・・・」
「生命の起源と進化の過程は、
教科書の中でも、いちばん面白かった」
・・・などという
感想がたくさん書かれてあった。

あの『1・4ゼミ』での
集中学習と発表は、
後々、大いに役に立ってくれた。

また、あの縁もあって、
Nさんが小学校長になられた時、
2回もPTA講演会や
ミニコンサートに招聘して下さり
厚遇して頂いた。

校長ご退職後は、
ご実家のある地元で
スクールカウンセラーをされておられるので、
なんだか不思議な縁(えにし)を
感じずにはいられない。