=第35話「おかえり」=
ぐれおじさんが倒れ、病院に担ぎこんだその日の夕方、彼を迎えに行きました。
彼は朝とはうって変わってはっきりした表情になっていました。
「ぐれおじさんが戻ってきた」
安心して、体の力が一気に抜けました。
お医者さん必死の処置のおかげで、ぐれおじさんの体温と血糖値は正常近くまで戻っていました。
僕らはその日初めて、診察室に座って落ち着いて話を聞くことが出来ました。
「血糖値の急激な低下の原因は、通常、肝臓の機能不全や、甲状腺の代謝異常などを疑うのですが、ぐれちゃんの数値は正常です。」
「では、原因はなんでしょうか」
「やはり、腫瘍があるのか、まあ、これはレアケースですが、細菌感染の可能性は無くはないです。さらに調べるにはCTを撮ってみる必要がありますが、そのための全身麻酔は、今のぐれちゃんには耐えられないかもしれません。そして原因が分かったとしても・・・」
「治らない・・・ですか」
「年齢も年齢ですし、可能性は高くはないですね」
「なら、無理はさせたくありません」
「はい。その方が懸命かも知れませんね。では、とりあえずは明日また数値がどうなるか見てみましょう」
僕とYuさんは、ぐれおじさんを連れ帰ることにしました。
帰り道でも、原因を突き止めるべきか、対処療法にするべきか悩みました。
でも、分かっても治る可能性が低い中、ただでさでさえ頑張ってるぐれおじさんにこれ以上の負荷はかけたくない。
とにかく、早く落ち着いた生活に戻してあげたい。
その気持ちが強かったのです。
我が家に戻ると、ぐれおじさんはゆっくりとした足取りで部屋の奥に歩いていきました。
少しふらつきながらも、迷うことなく、小さな猫ハウスに入って丸くなりました。
「やっぱりお家が落ち着くね」
そう声をかけると、末っ子のうららちゃんがトコトコ寄ってきて、ぐれおじさんをのぞきこみました。
そして、僕の方を振り返り、小さな声で
「にゃっ」
と鳴きました。
僕にはその声が
「おかえり」
と聞こえました。
その声で僕も緊張の糸がほぐれたのか、涙が溢れてきました。
ルナくんもやって来て、静かに、ぐれおじさんの前に腰を下ろしました。
そして、目を閉じて、しばらくの間一緒にいてくれました。
みんなの育てのお父さん。
ちゃんと猫たちは分かっていたのでした。
その夜、
ぐれおじさんの猫ハウスを僕の枕元に置いて、僕は彼の手を握ったまま、眠りについたのでした。
第35話 完