それがあまりにも甘そうに見えて、柔らかなその桃色を、舐めるように貪った。
背徳の果実 ――peach,peace,piece――
やたらと甘ったるいそれを齧る。滴る液体が服を汚さないよう、慎重に食う。ジェス産のそれは唇の渇きを潤したが、その糖分のせいで少々の吐き気をもたらした。基本的に甘いものは食わないので、久々に過剰な糖分を摂取して胃が拒否反応を起こす。ジェス産は糖分が多過ぎてだめだね、と理不尽な不満をつぶやきながら自室へと急ぐ。――先程の馬鹿げた行為を思い出しふと立ち止まるが、すぐに振り払うように、急ぎ足でまた歩き出した。途中すれ違った女性に手に持った果実と、その糖分並に甘い台詞を投げかけて平常心を取り戻そうとした。
――どうか、私にくちづけを
何故あんな事を言ったのか分からない。基本的に綺麗なヒトには声をかける性質ではあるが、あのひとの所有物には絶対に手を出さないようにしている。なのに。否、理解はしているが認めたくないだけである。背徳感。あのひとの所有物である聖母様に手を出してしまった。あのひとは頑なに否定し続けているが、皆が知っている事実だ。あのひとは、彼女を想っている。深く、深く。だというのにあの馬鹿弟は見ないふりばかりしている。余程昔仕え愛した女性の死が忘れられないのだろう。聖母様、確かに彼女はその女性に似て、一目見れば清らかではある。ただ本質を知ってしまった以上、彼女を「清き御方」とは見られなくなってしまっている。…しかし。分かってはいるが、抗えなかった。その彼女に、なぜ迫ったのか、なんて。簡単な理由、故に後悔に潰されそうになる。
――聖堂の彼女が、あまりにも清く見えて、現実を見せつけたくなったのだ。
自室に戻ると、あのひとが窓際に寄りかかり、静かに目を閉じていた。その光景は言いようもなく綺麗だった。綺麗、なんて簡単な言葉にはできないのかも知れない。自分の語彙力の無さを憎みつつ、傍らへと歩く。起こさないように、ゆっくりと。あのひとが眠るなんて珍しくて、その寝顔を覗きこむ。黒髪の下から覗く長い睫毛。それをより一層映えさせる病的に白い肌。透明感のあるそれを縦に割るようにして、黒の刺青が静かに存在した。彼女を二度殺した証だと、そのひとは言っていた。
「テメェはヒトを寝かせる気は無ェのか」
その黒い髪を触るとそんな呪言を吐きながら機嫌悪そうに蒼の瞳を見せた。それは彼なりの冗談だと気付いているヒトは少ないだろう。相変わらず誤解を招きやすい堅物だと思うと、笑いがこみあげた。そのひとは気味の悪そうな顔をこちらに向けると、頭を掻き上げ、時間を問う。まだ会議の時間じゃないよ、とへらへらと笑って流すが、その質問の意味は先程までの俺の行動を尋ねていた。そうか、とそのひとはぼそりと放つと、もう一つ言葉を紡ごうとひと呼吸。それを妨げるように背伸びと欠伸をして、大げさに寝台に倒れ込む。何も言わないで、と牽制するように。それを察してくれたのか、我が賢い弟君は深い溜息を吐いて部屋を立ち去ろうとした。あのひとにはこんな話はしたくない。そう思いながらあのひとが扉に手をかける音を聞いていた。
「別に俺に気を遣わなくてもいい、俺は何も思わねェよ」
突然に、突然にそんなことを言われたものだから、一瞬何に関しての発言か分からなかった。きっとあのひとは知っていたんだ。否、想定される行為のうちのひとかけらだったのかも知れない。そう気付いた。あのひとはいつだって誰かの為に自分の感情さえも殺してしまう。平和主義も徹底されると気味が悪くなるものだ。しかしあのひとはいつも自分の悪評なんて気にしないものだから…。考えがまた散漫としてしまう。あいつはいつだって、そのやさしさで、自分の罪悪を抉るんだ。あいつはいつだって、他人には甘過ぎるんだ。あのジェス産の果実のように。
ああ、あのひとにはかなわないなあ。
そう気付いたのと、扉の締まる音がしたのは同時だった。
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いやほんとアレキサンダーの思考はまとまってないですね!\(^o^)/え?まとまってないのは私の頭?知ーらない!←←←←←←←←←←
これの前の記事の続き、みたいな。