こんにちは、皆さん。

勝海舟の生涯から自分軸を持ち他人に影響されない生き方の大切さをお伝えする歴史大好き社労士の山路 貞善です。いつもお読みいただきありがとうございます。

 

春本番の季節がやって来ました。地域にもよるのでしょうが、私の住む地域では早くも満開の桜が散り始めました。

今年の冬は雪の降る日が多く、いつまでも寒い日が続くなと感じていましたから春の到来は例年以上に嬉しく感じています。

 

 

さて今回は久しぶりにいつもの投稿ではなく、「コーヒーブレイク」の回とさせていただきます。

毎年3月から4月にかけては何かと気ぜわしく、皆さんも公私に亘り忙しい毎日をお過ごしでしょうが、私も同様の立場にありました。

「海舟ブログ」のことが頭の隅にありましたが、落ち着いて史料に目を通したり、投稿内容に手をつけたりしないまま日を過ごしておりました。

心に引っ掛かるものがあったからなのですが、それが何かよくわからないまま、もやもやとした感情が自分の内側に居座り続けていました。ですが、ようやくその正体が私にも見えてきました。皆さんも連日報道される世界の動きを見たり聞いたりしておられると思います。最近のニュースを見て心を痛めている人は多くいらっしゃることでしょう。私の心にも何か琴線に触れるものがありました。

今回投稿するコーヒーブレイクは、そんな想いから書いたものです。いつもと同様にお読みいただければ嬉しく思います。

 

 

ところで今日は4月10日です。奇しくも明日4月11日は、江戸無血開城があった日です(陽暦と陰暦の違いはありますが)

慶応四年(1868年)4月11日は徳川家の居城であり、徳川幕府の本拠地となる江戸城が官軍に引き渡された日です。

そのおよそ一カ月前の3月14日、幕臣で軍事取扱という地位に就いていた海舟勝麟太郎と官軍の大総督府参謀の立場にあった西郷吉之助(隆盛)との間で会談が行われました。前日にも短い会談が行われていますが、徳川家の扱いを巡って実質的な会談が行われたのは、二回目の会談となる14日です。

 

今回の投稿内容は両雄会談の経緯経過として、先に「海舟ブログ」でお伝えする内容の一部として予定していました。ですが今、世界で起きていることに目を向けたとき、両雄会見でのことが思い出され、どうしても今このことをお伝えしたいという想いが強くなり、今回のコーヒーブレイクとなりました。

 

 

今回ご紹介するのは、昭和49年に放映された NHK大河ドラマ「勝海舟」の最終回直前の第51回における勝・西郷会談のシーンです。

当時、海舟を松方弘樹さんが、西郷を中村富十郎さんが演じられました。私はこれまでに映画やドラマ、歴史番組でこの会談の再現シーンをかなりの回数見ています。歴史ドラマとはいえあくまでドラマとして描かなくてはなりません。また作品である以上、色々な制約から史実通り描くことは難しいものです。ですが、この大河ドラマは史実をかなり丁寧に踏まえて描かれている良質のドラマであるという実感があります。また勝と西郷のやり取りも実に見応えがあるものになっています。私の知る限り、勝・西郷会談のシーンの中では出色の作品だと断言できます(ちなみにこの作品のメインシナリオライターは後に名作『北の国から』を書かれる倉本聰さんですが、この回と数回は後を引き継いだ中沢昭二さんが担当されています)

ではご紹介しましょう。

 

 

【 大河ドラマ「勝海舟」勝・西郷会談より 】

 

(慶応四年3月14日、芝田町にある薩摩屋敷の座敷)

勝が上座に座っている。

遅参した西郷が詫びの言葉を述べて庭から座敷に入り、勝の前に静かに座る。

 

 西郷:「いよいよはっきりさせにゃならん時が来もしたな」

 

勝、西郷の言葉に真っ直ぐに西郷の顔を見て大きく頷く。

 

西郷:「江戸城はお引渡し願いもすか」

 勝 :「元よりでんす」

 

頷く西郷。

 

 勝:「ところで今日は重臣の意見を取りまとめてまいりました。嘆願書でんす」

 西郷:「はい」

 

勝が差し出した嘆願書を受け取った西郷は広げて書面を読み始める。

嘆願書に目を落としている西郷に勝が声をかける。

 

 勝:「主人慶喜は朝命に従って飽くまでも恭順謹慎しております。

    ついちゃ官軍は箱根に兵を留めていただかねぇと江戸にいる旗本や兵士がどんな騒ぎを起こすやもしれません。ところが聞くところによると明日15日、江戸総攻撃ってことでんすが」

 

嘆願書の文字をひたすら追う西郷。

 

 勝:「そのことについて本日、こうしてやって来やした」

   「どうでんしょう、明日の総攻撃は中止しちゃもらえませんか

 

少し語気が強めて勝が言葉を発すると、西郷は顔を上げ、鋭い眼差しが勝の顔に向けられた。

 

 西郷:「…」

 勝:「あんたたちが戦(いくさ)をしたがっているのはよくわかるが、戦をすりゃ江戸市民だけじゃねぇ、日本国中、六十余州に火がつきやす。そうすりゃ10年、20年いや果てしも無く日本人同士の殺し合いになる」

 

西郷、静かに勝の言葉にじっと聞き入っている。

 

 勝:「親兄弟が殺され子は飢え、その後は米利堅(メリケン)、仏蘭西(フランス)英吉利(イギリス)が日本を食い物にしやしょう。西郷さん、それを止められるのは誰でもねぇ、あんたですよ(わずかな沈黙の後、語気鋭く)あんたの他にはいねぇんです」

 

 

(左:勝海舟役の松方弘樹さん   右:西郷吉之助役の中村富十郎さん)

 

 

気合のこもった勝の言葉が西郷の肚にずんずんと響いてくる。西郷は大きな眼をさらにかっと見開き、勝を見つめ続けている。

………………

勝は西郷の強い眼差しを正面から受け、なおも言葉を続ける。今度は少し声を落としながら

 

 勝:「徳川がどうなってもいい、(きっぱりと)日本国だきゃぁ残さなきゃぁなりません。そうでんしょう」

 

両雄の眼差しが激しく火花を散らし、双方とも互いに視線を外さない。

息が詰まるような緊張感が二人の周囲を覆う。

 

そのときだった、西郷が不意に背後の部屋に控える者に声をかけた。

 

 西郷:「中村どん、村田どん、出てっきゃい!」

 

中村半次郎と村田新八の二人が厳しい表情で西郷のそばに控える。

人斬り半次郎と呼ばれた中村はいつでも勝を斬ると思い詰めているようだ。

 

勝は視線を落とし、息を殺して西郷の決断の言葉を待つ。

全く表情を変えない西郷は勝の顔をじっと見つめたまま、

 

 西郷:「おはんら、わしの命令じゃちゅうって全軍に伝えっくゃい」

 一同:「…」

 西郷:「明日の総攻めはひとまず見合わせもした」

 

思わず顔を上げて西郷の顔を食い入るように見つめる勝。

 

 西郷:「日限の議は追って沙汰に及びもす。総触れを出せっくやい」

 

一気に言うと西郷は頬を緩め、勝に笑顔を向けながら

 

 西郷:「勝先生、こん人らあ、戦(ゆっさ)が好きで困りもす」

 

と言って大きな声で笑ってみせた。

 

江戸の人々と町をいかにして救うか。戦を回避することに心を砕き、思いつめていた勝。今西郷が発した大胆な言葉に勝の胸は熱い想いで溢れた。今は西郷の顔を見つめるだけで何も言葉にすることができない。

安堵。確かにそうにちがいない。だがそんな一言では言い表されぬ大きな感情の中に勝は包まれていた。西郷でなければできない決断だった。総攻撃を目前に控えた最終局面での談判の行方は予断を許さぬものがあった。だが今、西郷の大英断が下ったのだ。

 

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さていかがだったでしょう。

私がこの大河ドラマでこのシーンを観たのは、まだ学生だった時分です。両雄会見の舞台裏や背景、またその詳細を知らずにいた頃です。

当時はビデオなどの家庭用録画機器がない頃ですから、テレビ放映は1回こっきり。再放送を観たとしても2回しか見られません。恐らく、「全集中の呼吸」(?)で観ていたはずです。

この作品の総集編がDVDとして発売されるのは、40年余り後の2016年12月。このシーンに再会するのをどれほど待ち望んでいたことでしょう。DVD発売を知るとすぐに申込み、視聴しました。当時の想いが蘇ってきました。このドラマに出会わなかったら勝海舟のことを熱心に研究することもこうして「海舟ブログ」を書き続けることも恐らくなかったはず。やはり私には忘れられない大河作品です。

 

 

さて本日はここまでといたしましょう。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

【参考】

   ・NHK大河ドラマ「勝海舟」総集編DVD

   ・小説「勝海舟」 子母澤 寛 新潮文庫

   ・写真:NHKアーカイブスより

 

※   ドラマの会話については筆者に聴こえる音声を文字化したものです。江戸と薩摩の本来の方言表記と異なる部分がある可能性があることをあらかじめお断りしておきます。