こんにちは、皆さん。
歴史大好き社労士の山路 貞善です。
海防意見書についての続きです。
前回、第二条までの内容をお話しました。今回は残る第三条から第五条までについて読み解きます。
第三 天下の都府には厳重の御備え有り度く候事。
第四 御旗本の面々、厚く御世話遊ばされ、兵制御改正幷(ならび)に教練学校建造の事
第五 人工硝石御世話幷に武具製作の事
第三条は、江戸の防備を厳重に固めよという事ですが、「天下の咽喉之地」ともいうべき江戸は特に厳重に守るべきとしています。
勝は意見書の中で、敵が押し寄せて来た場合を想定して以下のことを警告しています。
・敵兵は訓練を十分に積んだ熟練の技能を備えていること。
・上陸する前に艦砲射撃によりこちらの砲台を徹底的に破壊した後でなければ敵兵は上陸してこないこと。
・その際に使用される砲弾は火砕力があり、その数は千発から千五百発の夥しい数に及ぶであろうこと。
・したがって、守備要員としていくら勇卒を配置したところで敵の攻撃への対策を講じなければ空しく討ち死にする他ないこと。
続く第四条は、困窮している旗本の生活の救済と兵制改革並びに教練学校の開設についての建言です。
まず勝は、最近の旗本の暮らしは苦しくなるばかりだと指摘しています。とりわけ三百石以下の下級旗本は物価の高騰が続き、廉直(私欲がなく正直なこと)の心が薄くなる一方、生活のため内職に専念するしかない毎日を過ごしていると訴えています。武士の本来の役目を果たすための武術の鍛錬や剣術の稽古は全く行われていないのが現状であると報告しています。
武具の備えについては譜代、外様の大小名の中には厳重な備えを行う家中もあるが、天下の武備の根本は徳川家家臣である旗本でなければならないと述べ、無役で最下級の立場に過ぎなくとも勝の幕臣としての自負をうかがわせます。
また泰平の時代の古い兵法はもはや役に立たなくなり、今や兵制も大きく変わり、武器も次々と発明され、とりわけ大砲は改良が加えられ精度も大幅に向上していることに関心を向けるよう促しています。
その上でこうした状況を踏まえ、幕府には 旗本救済の必要性を説く一方、兵制については旧来のものを一掃し勇断して西洋風の兵制への改革を図るように求めています。
次に江戸から三、四里離れた場所に教練学校を建て、日漢蘭の兵書や銃学書などを文庫に備え、兵学の他に天文学、地理学、究理学(物理学)、築城学などの学科を開設し、旗本御家人だけでなく諸藩からも人選して教育・指導を行うことを提言しています。そうなれば互いに競争心も湧き、短期間で優秀な人材が現れると断言しています。
また大量に流布する外国書の翻訳ものには、杜撰(ずさん)な翻訳ものも多く出回っているため、天下のためになる図書は学士に翻訳を命じ、幕府が官費で出版してその弊害を除くべきであるとしています。
さらに旗本たちの軍事訓練を行う調練場をつくり家柄や身分に関係なく訓練に参加させ、貧乏旗本の二男、三男らの厄介(家長に扶養されている者)らも差別することなく訓練に参加する機会を与え、訓練手当を支給せよと主張しています。
そうなれば奢侈(しゃし)の風に染まることもなくなるだけでなく、砲声が轟く中、草野を駆け巡ることで筋骨も鍛えられ堅固な身体になるだろうと述べています。このような策を採用すれば費用もかかるとはいえさほど大きくならなくて済むはずだとし、幕府の威光も盛んになると付け加えています。
最後の第五条では、火薬に必要な人工硝石と武器の製造体制の確立するための様々な施策を提案しています。
まず兵制を改革し銃や大砲を使用する機会が増えれば火薬に対する需要は一気に高まり、自然に産出する硝石だけでは火薬の原料となる硝石が不足するだろうと見通しを述べています。そうなれば利に目が眩み取引値を引き上げて暴利を貪ろうとする不心得者が現れると予想しています。そうした事態を回避するために江戸近郊に位置する運送に便利な場所に人口硝石を製造するための作業場を六、七ヵ所設けよと提案しています。三年もすれば人工硝石の安定的な供給体制が整うだろうと見通しを述べています。
次に武器や弾薬の製造に関して生産組織、人員配置と人材活用、給与体系、コスト管理の観点から以下の諸点を挙げています。
・教練学校で器械学、銃学などを学び、西洋式の銃や大砲の製造法を習得した者
たちが製造現場で指揮を執るようにする。
・鉄砲や大砲などの職人や玉薬同心(鉄砲玉薬奉行配下の同心)らに武器や弾薬
製造を担当させる。
・製造要員の不足は他の組同心や低収入の旗本、隠居した者、厄介、病気がちで
体の弱いものなどを動員して人員不足の解消を図る。
・上記の者には毎日作業場に出勤させることで細工のための技術を身につけさせ
る。
・作業に当たっては、人それぞれの得手不得手があるためその者に応じた仕事を
担当させる。
・作業手当については作業成果に応じた規定を定める。
さて以上の内容が、勝が提言した海防意見書の全容ですが読まれてみていかがだったでしょうか。
最初短い意見書を提出した勝は、二度目では相当な文字量の意見書を提出しています。意見書の中には荒唐無稽な内容のものや、外国への回答を先に延ばしその間に防備を固めるとしながらもその間の具体的な対策を欠くものもありました。一時しのぎで非現実的な提案が多い中、勝は現実的で具体的なプランを示しました。しかし勝が非凡さを見せたのは、それだけではありません。
この意見書の中で勝が見せた最大の特徴は以下の二点にあります。
・当時、国防問題について混乱の極みにあった幕閣(とりわけ老中阿部正弘)が頭を痛めていた問題の本質を勝は正確に把握していたこと。
・意見書の中で為政者が取り組むべき問題(目標)を明らかにし、整理した上で対策を実施した場合の未来の姿(ゴール)を為政者にイメージさせたこと。
次回は勝がこの意見書に籠めた想いとメッセージについてお話します。
今回も少し長くなってしまいましたが、最後までお読みいただき真にありがとうございました。
【参考文献】
・「勝海舟」 松浦 玲 中公新書
・「勝海舟」 松浦 玲 筑摩書房
・「勝海舟」 石井 孝 吉川弘文館
・「勝海舟全集2 書簡と建言」 講談社
・「幕末史」 半藤一利 新潮社