こんにちは、皆さん。
歴史大好き社労士の山路 貞善です。
さて前回の続きからです。
最初の海防意見書を提出すると幕府から問い合わせがあり、さらに詳細な意見を述べるように勝に求めてきました。それに応えるため勝は二通目の上申書を提出しています。
この意見書は、「先に提出した意見書では急ぎ取り組むべきことのみ申し上げたところ、幕府よりさらに思う処を述べよとのお達しがあったため先の意見書で提案した三ヵ条について以下に詳しく説明する」という勝の文言から始まります。
先の三ヵ条とは、前回お話した軍政の改革、将を択(えら)ぶこと、調練のことです。勝は二通目の意見書で5項目を箇条書きで提案しています。すなわち五ヵ条とは、
第一 御人選の儀、厚く御世話遊ばされ、下情上に達し候様遊ばされる可き事。
第二 海国兵備の要、軍艦御座なく候いては叶い難く候事。
第三 天下の都府には厳重の御備え有り度く候事。
第四 御旗本の面々、厚く御世話遊ばされ、兵制御改正幷(ならび)に教練学校建造の事
第五 人工硝石御世話幷に武具製作の事
です。
わかりやすく説明しましょう。
第一条では、身分に関係なく広く人材を登用し、下の立場の者が上位の者に対して自由に意見を述べられ、伝わるようにすることが大事だと主張しています。つまり「人材登用」と「言路洞開(げんろどうかい)」を求めているのです。
一条に続く文言には、人材の選出に関して勝ならではの考えが明らかにされています。
(原文は少し読みづらいかもしれません。でも眺める感じでOKです。勝が書いた時の気分をお伝えしたいだけですから少しだけご辛抱を(笑))。
「凡(およ)そ外寇 に備うる要、本を固く為すを以って専務と仕り候。之を為すの要、人を撰び候を以って第一と仕り候。」とし、
「御役人方悉(ことごと)く賢臣良質の者のみ仰せ付けられ候様…(中略)…、御政事向きに携わり候御役人は、別して厳重に御人選遊ばされ、廉直にしてその志正大雄偉の者を以って任ぜられ候様支度存じ奉り候。」
つまり役人となる者の人選は厳格でなければならず、私利私欲がなく高い見識を持った偉丈夫を以って充てることを強く要望しています。
その上でこうして選ばれた役人には、将軍の御前で政事向きのことや防備対策のことなどについて議論し考察を深める場をつくることを提言しています。そうなれば良策も湧き出るようになり、自ずと上の者に対し気兼ねなく意見を述べる機会と環境が整うことになると断じています。
今の時代でいうなら社長や役員の前で若手幹部や有望な社員に安心して自由に話し合える機会と場をつくるのと同じことを勝もこの時代に提案しているわけです。
また、この条の最後で勝は「組織の幹部の心得」についても触れています。すなわち、いくら優秀な頭脳を持ち有能な人材であっても庶民の暮らしの様子や気持ちに通じていなければ、万民が満足して服する施策が行われることはないと付け加えています。
こうした辺りは貧しいながらも父小吉、妻や子供ら家族と共に過ごす中で庶民の暮らしを見つめ続けてきた麟太郎が上に立つ者への思いを素直に吐露したものでしょう。現代の経営者や幹部、リーダーと呼ばれる人たちにとっても忘れてはならない心得の一つではないでしょうか。
第二条は軍艦についてです。海岸防備のためには軍艦がなくてはならないが、自国で軍艦をつくることはとても困難なことであり、航海上の操船術や交戦時の駆引きを乗組員に修得させることも容易ではないと指摘しています。
その上、これらに要する費用は莫大な額になることが見込まれるが、それでも国の防備のためには堅固な軍艦は必要不可欠であると論じています。
そもそもどんな富裕な諸外国でも軍艦や大砲のための製造費は莫大なものとなっていると述べ、そのための仕事に従事する者への手当は手厚いものでなければならないと主張しています。勝が生産に従事する者への手当にまで言及しているのは、第15話で大砲づくりを請け負ったときのエピソードをご紹介しましたが、その時の経験が活かされた提言と言えるでしょう。
ではどうやってその財源を確保するか。勝の意見具申は、その膨大な費用の捻出の仕方に論点が移ります。
勝はその財源を決して国内の力に頼ってはならないと主張します。それを行えば万民への課役が重くなり民衆にとって過酷なものになってしまうためです。代わりに「外国より得る処を以って之に当て」よ、つまり国内に頼らず国外に求めよと勝は言っているのです。具体的には諸外国と交易を盛んに行い、その儲けをそのための費用に充てよと提言しているのです。
鎖国こそわが祖法と信じる頭の固い幕閣連中に外国との交易を行う話など持ち出せば何を世迷い事をと思われてしまうかもしれないと勝は考えたのでしょう。これは夢でもなければ決して根拠のない話ではないとして以下の諸点を挙げています。
・軍艦製造の改革が進み堅固な大船を建造するようになれば難破船が少なくなり、凶年にも物資の運送は自由にできるようになる。
・国内で消費する米穀以外は外国への輸出品とする。
・交易に関する法令は厳重なものを定める。
・交易を行うようになると抜荷(ぬけに。密輸のこと)をする不心得者が必ず出てくるため厳しい管理体制と防止策が必要。
・その上で清、ロシア、朝鮮を相手国として交易を盛んに行えば、国財の損失は少なく有益な事業となる。
これだけ提案すればかなり現実味を帯びてきます。密輸の防止策を講じることにまで触れており、相当に念の入った提案になっています。
また堅船を建造し航海に出れば、洋上で海賊船や外国船に追われるような危険な目にも合うかもしれないが、そうしたことも貴重な実地訓練となるとしています。初めは未熟な航海技術であっても智勇に勝れた日本人であれば船の進退の駆引きや船戦(ふないくさ)の仕方についても日ならずして修得するに違いないと述べ、そうした状態に至るのは、容易ではないとしながらも数十年先にはきっと実現するであろうという見通しを述べています。
さて今回はここまでといたします。続く第三条、第四条と第五条については次回のお話とさせていただきます。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
【参考文献】
・「勝海舟」 松浦 玲 中公新書
・「勝海舟」 松浦 玲 筑摩書房
・「勝海舟」 石井 孝 吉川弘文館
・「勝海舟全集2 書簡と建言」 講談社