こんにちは、皆さん。

幕末のメンター 勝海舟を日本一熱く語る歴史大好き社労士の山路 貞善です。

 

今回は麟太郎が幼少期に味わった天国と地獄についてのお話です。

まずは天国」の方から始めましょう。

 

前回、麟太郎の父小吉のことをお話しましたが、麟太郎はこの父に深く愛されていました。無論、勝家の唯一の跡取り息子ということももちろんあったでしょうが、小吉には過ぎたる自慢の息子であったのです。

 

文政十二年(1829七歳の時、麟太郎は江戸城の西の丸御殿に上がります。勝家の縁者である阿茶の局(つぼね)の口利きで十二代将軍家慶(いえよし)の五男、初之丞(はつのじょう)の学友として、また遊び相手として召されたからです。

 

初之丞は後に御三卿の一つである一橋家を継ぎ、一橋慶昌(ひとつばし よしまさ)となります。一橋家を継ぐことは、将軍位を継ぐ可能性のある候補者の一人となることですから、麟太郎が将来その側近として仕えることができるかもしれないという期待を父親の小吉が抱いたとしても不思議ではありません。側用人(そばようにん)にでもなれば、息子は大出世を果たすことになります。

 

そんな胸算用があってか小吉は三十七歳の時十六歳の麟太郎に家督を譲り自身は「夢酔(むすい)」と号して隠居します

息子の出世コースを歩む姿を夢見ていた小吉でしたが、残念なことにその夢が叶うことはありませんでした。人生とは思いもかけぬことが起きるものです。橋慶昌がこの年、病死したのです。小吉の落胆はさぞ大きかったに違いありません。

 

勝は後年、「おれは幼年の時に青雲を踏み外した」と嘆いてみせていますが、それはこの時のことです。

こうしたことがあって将軍家慶は、一橋家の養子に水戸の徳川斉昭(とくがわ なりあき)の子を迎えます。その子こそ、後に勝の生涯に深く関わることになる徳川十五代将軍慶喜その人です。

 

 

今度は「地獄」のお話です。

 

少し話を戻します。

麟太郎は七歳でお城の御殿に上がったものの九歳になると「本のけいこ」のためお城を下ります。小吉の知人宅へ読書修業をさせるため麟太郎を通わせ始めます。

 

ある日のこと、麟太郎がこの本のけいこに行く途中で、病犬に睾丸を咬まれるという大事件が発生します。知らせを聞いた小吉は、麟太郎が担ぎ込まれた八五郎宅に飛んで行きます。

 

その時の様子について小吉が著した「夢酔独言」にはこんな風に書いてあります。

 

「息子は、布団を積んで、それに寄りかかっていたから、前をまくってみたら、玉が下りていた故、幸い外科の成田というのがきているから、『命は助かるか』と尋ねたら、六ヶ敷(むつかしく)いうから、先ず息子をひどくしかってやったら、夫れで気がしっかりした容子(ようす)…(中略)…」となったため、一旦、小吉の家に麟太郎を駕籠(かご)で連れ帰ります。

 

「篠田と言う外科を地主が呼んで頼んだから、きず口を縫ったが」、その医者の手が震えているのを見て、小吉は刀を抜いて息子の枕元に突き立て、「泣くな。泣いたら承知しねぇぞ」と一喝します。

何とか傷口を縫い終えた医者は、命はとても今晩にも請け合えないと漏らし、それを聞いた家族はショックのあまり泣き暮れるばかり。

 

小吉はその晩から水を浴びて、金毘羅様へ毎晩裸参りをして祈りました。他の者は寄せ付けず、小吉自らが麟太郎を抱いて寝て、毎日毎日暴れちらしていたら、近所の者たちが「今度岡野様へ来た剣術遣(つか)いは、子を犬に喰われて、気が違った」と噂するようになったと告白しています。

 

「岡野様へ来た」という言葉の意味がちょっとわかりにくいので、説明しておきます。岡野というのは、旗本岡野孫一郎のことで勝家は小吉の頃、何度か引っ越しをしていますが、この頃の勝家は岡野の屋敷地の一角にありました。そこに少し前、小吉一家が引き移ってきて住むようになったというわけです。

 

小吉は麟太郎の耳元で「しっかりしろ」とささやき続けました。小吉の懸命な看病の甲斐もあってやがて麟太郎の傷も癒え、七十日目には床を離れることができたといいます。

 

この犬に咬まれて重傷を負った話は、勝の幼少期を語る有名なエピソードとしてよく取り上げられるので、ご承知の方も多いことでしょう。勝はこの事件があったせいか、生涯犬を怖がったと言われています。

 

勝の少年時代のエピソードとして必ずと言っていいほど紹介される話ですが、私がここでお伝えしたいことは、父小吉の麟太郎への愛情の深さについてです。

麟太郎は九歳にして生死をさまよう経験をしました。小吉は毎晩、麟太郎を裸で抱いて寝ることを七十日間続けましたが、小吉の必死の看病と励まし続ける言葉がなければ、麟太郎の命は尽きていたかもしれません

 

周囲には異常とも思える息子麟太郎への接し方でしたが、九歳の子供に過ぎなかった麟太郎にも自分が父親から深く愛されているという想いは、文字通り肌身を接した親子の情としてしっかりと伝わったとでしょう。

この件についどんな想いだったかを勝は特に語ってはいませんが、後に明日の命もわからぬ日々を過ごすことになる勝海舟の生涯において勝の脳裏の奥深くに刻まれる記憶となったことは想像に難くありません。

 

 

さて次回は青年期に入る麟太郎が剣術の修行を始めるお話をする予定です。本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

【参考文献】

・「勝海舟」 松浦 玲 中公新書

・「勝海舟」 松浦 玲 筑摩書房

・「日本の名著32 勝海舟」(夢酔独言) 中央公論社

・「現代視点 勝海舟 戦国・幕末の群像」 旺文社