2014年8月13日
43歳のころ、ネットで調べて、この病気は、足ではなく脳に問題があるんだと分かり、「脳」に強いと言われる私立病院に行ってみました。
すると検査入院で1週間かかると言われ、仕事で多忙な私は、1週間も会社を空けられないので、ズルズルと月日が経っていきました。
ただ、1回だけ診ていただいた先生に、当時はそれほど問題のなかった私の歩く姿を見て「あ~、おかしい、おかしい。筋肉が柔らかくなる薬出しとくわ」とおっしゃった先生のお言葉に「対症療法しかないのかよ」と絶望感を覚えました。
良い病院探しをしていて45歳のころ、主人の知人つながりで某私立医大付属病院で遺伝子検査をしてくださるとのことで
検査していただきました。
その時は、該当なしという診断に終わり、その後も診てもらえるようすではなかったので、この病院も、これで終わりました。
49歳のころ、別の病でお世話になっていた私立病院で受診。
その時、私は自分から病名と遺伝性であることを伝え、とにかく脊椎性小脳変性症であることを診断してほしいと言うまでになっていました。
このままだと、どのお医者様も、「不明」としか診断してくれないからです。
そう言っても、脊椎性小脳変性症とは少し違う・・・。多発性硬化症では・・・?と最初の担当医師はおっしゃいました。
いやいや、多発してないって!!左足だけやって!!
と気をもむうちに、担当医師が転職され、新たな担当医師が、正面から関わってくださり、1週間ほどの検査入院と、同じ症状のいとことの面談、家系図の作成を指示いただきました。
いとこは私より8歳ほど上。その分かどうかが分かりませんが、私より少し進行していて、膝はほとんど曲がらず、足を回して歩行している状態でした。
正直、そのいとこの歩く姿を見て、「こうならないようにベストを尽くそう」と思いました。
その結果、脊椎性小脳変性症、家族性頸椎麻痺。と診断がされました。
43歳のころ、ネットで調べて、この病気は、足ではなく脳に問題があるんだと分かり、「脳」に強いと言われる私立病院に行ってみました。
すると検査入院で1週間かかると言われ、仕事で多忙な私は、1週間も会社を空けられないので、ズルズルと月日が経っていきました。
ただ、1回だけ診ていただいた先生に、当時はそれほど問題のなかった私の歩く姿を見て「あ~、おかしい、おかしい。筋肉が柔らかくなる薬出しとくわ」とおっしゃった先生のお言葉に「対症療法しかないのかよ」と絶望感を覚えました。
良い病院探しをしていて45歳のころ、主人の知人つながりで某私立医大付属病院で遺伝子検査をしてくださるとのことで
検査していただきました。
その時は、該当なしという診断に終わり、その後も診てもらえるようすではなかったので、この病院も、これで終わりました。
49歳のころ、別の病でお世話になっていた私立病院で受診。
その時、私は自分から病名と遺伝性であることを伝え、とにかく脊椎性小脳変性症であることを診断してほしいと言うまでになっていました。
このままだと、どのお医者様も、「不明」としか診断してくれないからです。
そう言っても、脊椎性小脳変性症とは少し違う・・・。多発性硬化症では・・・?と最初の担当医師はおっしゃいました。
いやいや、多発してないって!!左足だけやって!!
と気をもむうちに、担当医師が転職され、新たな担当医師が、正面から関わってくださり、1週間ほどの検査入院と、同じ症状のいとことの面談、家系図の作成を指示いただきました。
いとこは私より8歳ほど上。その分かどうかが分かりませんが、私より少し進行していて、膝はほとんど曲がらず、足を回して歩行している状態でした。
正直、そのいとこの歩く姿を見て、「こうならないようにベストを尽くそう」と思いました。
その結果、脊椎性小脳変性症、家族性頸椎麻痺。と診断がされました。