12月14日深夜、江戸吉良邸に赤穂の浪士たちが

主君の仇をとるべく押し入ったのが、1703年。


時は元禄。家康が征夷大将軍に任ぜられ、江戸幕府が開かれてからちょうど100年。


血なまぐさい戦国時代は過去のものとなり、庶民は平和を謳歌し、

いわゆる元禄文化が花開いていた時代のお話です。


武士が刀を抜くこともなくなっていた時代に主君の仇を取るという彼らの行動は、

庶民の喝采を浴び、数十年後、「忠臣蔵」として舞台の主題となります。

そして、現在まで長く語り継がれることになりました。



この「元禄赤穂事件」には、2つ大きな謎があります。

まず、なぜ、そもそも浅野内匠頭は、朝廷からの使者を迎えるという日に刃傷に及んだのか。

そして、何が目的で、浪士たちは吉良邸に討ち入ったのか。

純粋に忠義心からか、ケンカ両成敗の原則を破った公儀に文句を言いたかったのか。

それとも、次の仕官先を狙ってのパフォーマンスだったのか。


さまざまな意見が渦巻きますが、真相は本人たちのみぞ知る、ですね。


ちなみに、わたしが赤穂事件に興味を持ったのは、御年11歳のみぎり。

どうだ、筋金入りの歴女だろ。

そんじょそこらの若いねーちゃんとは年季が違うのだよ、年季が。


東京に住んでいるときは、討ち入りの日には泉岳寺にお参りしていましたっけ。

仕事帰りに、嬉々として、ひとりで浅草線に乗る女。


ちょっと、こわい。



25日に田村正和様主演で忠臣蔵ドラマがあるみたい。楽しみ。きゃきゃきゃ。






そして、記事の末尾ではございますが、

メロン父さん、お誕生日おめでとうございます。


父さん、いて座のA型かぁ。……わかる気がするわぁ。