イタリアよ、こんにちは。

イタリアよ、こんにちは。

イギリス人の夫、娘とともに北イタリア ベルガモに移住してきました。

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夫のエリオットがミラノ到着直後に貴重品、タブレット、PC一式、全てのドキュメントが入っているカバンを駐車場に置き忘れる事件から早3年。(翌日カバンは中身とも無事に発見)
なんでも中途半端な私にしては珍しく、何とかにも3年という節目をまもなく迎える。


誰の故郷でもない孤独な移住。それはそれは過酷である。それに乳飲み子付ならなお更だ。
そんな乳飲み子は生意気なほど良く喋る女の子になっている。
あっという間ではなかった3年の間に有名人や千代の富士さんまで亡くなり、SMAPが
解散、長く閉園していたエキスポランドが大きなレジャー施設に変わり、梅田界隈も変化しているようで、東京は、もはや知らない街だ。年末に帰国すれば浦島さん状態なのだろうか。


Brexitそんな激震が走ったヨーロッパ、家族間でも激論が交わされ、人々の中にはナショナリズムを強調してゼノフォビアが加速している。そんな光景を見ることも珍しくはなくなった。
先日、イギリスへ帰省した時に、初めてUK Borderで審査員に止められ、イミグレーションの囲いのある場所へ連れて行かれるということになった。その理由は、前回のイギリス滞在が長い(6ヶ月VISA範囲内だけど)こと、それから今回の滞在日までの時期が短いこと(7ヶ月経ってるけど)が疑問だったようだ。英国籍の子供を連れて、英国に住む家族を尋ねることが疑問なのか。止められること40分、イタリア帰国の航空券、滞在許可書、イタリアの運転免許書もあれもこれも、とにかく私はイタリアに住んでるんだという書類は全て見せ、去年の夏に長期滞在していた経緯を説明すると、納得したのかしぶしぶ入国許可のスタンプを押すが、手書きで6ヶ月VISA、今後の動向を注視します。だと・・・・。実は後にこれは大変ラッキーだったと判明することになる。日本人のいわゆる旅行者が何人もUK Borderで強制送還にあっているという例を調べれば調べるほどわんさか出てくるのだ。中でもひどいのは、英国に居住していない英国籍の夫、子供と入国する際に日本人妻だけが強制送還(乗り継ぎの国まで)にあったという例もある。単身で旅行者として入国するのには銀行の残高証明書(英語)の提出を求められることもあると知った。
移民、難民、日本人、何の差もないのだと現在のイミグレーションの大混乱を身をもって知らされた出来事だった。
ところが、翌日移民局の第三機関から義理両親宅に連絡が入る。
かなり一方的な話し方で滞在期間が過ぎているから即座に帰国しなさい、でないと警察が貴方を拘束し、半年以上の刑務所、5千ポンドの罰金を課します。「はぃ???」でした・・・。去年のクリスマス後に出国している事を伝えると、そのボーディングパスを提出しなさいと。(とっくに捨てている・・・)。説明しようにも、まったく耳を貸さないので、義理父母に代わると彼らは激怒しながら経緯を説明し、前日のイミグレーションでの扱いに対して猛烈に抗議をしていた。英国民としてこんなに恥ずかしい行いがあってはならないと。しかしながら、この第三機関の言うところでは、すべての不法滞在者には毅然とした態度で接しなければならないと・・・・・。いや、私は不法滞在ではないし、英国VISAの期限がまだ残っている間にイタリアに帰国しているんだよ!だいたい入国の記録だけ残し、出国のデータを残さないお前達のせいではないのか!!! (溜息)
すぐさま、義理母が国会議員に抗議のメールを送ると意外にも直ぐに返事があり、翌日には謝罪の意を表明すると議員秘書からの連絡もあった。実際にUK Borderで配偶者が英国民でNon EUの家族が入国を拒否されていたり、家族VISAを発行してもらえずに親と子供または配偶者が別居を余儀なくされていることも珍しくなく、現在大きな社会問題になっている。ロシア人の家族にいたってはもう何十年もイギリスに住んでいても永住権を発行してくれないという国家差別のようなことですら平気で起きてしまっている。
この件があった時、私はこのまま強制送還になっても良いかな、この国に一円もお金など落としてやるものか!!!! 散歩しても○ブしか目に入らず、4日ほどは不機嫌だった。
そんな気持ちをすっかり忘れさせてくれたのは、やはり日本人のお友達だった。ショッピングでスッキリ!日本食食べて、美味しいワインを頂いて、キラキラと輝く遠浅の海を見て嫌な事はサッパリ忘れました。2週間半の滞在で若干不完全燃焼の部分もあるけれど、毎日青空に恵まれたお陰で思い残すことなく晴れ晴れとした気持ちでUK Borderを後にしました。
EU離脱後はまさに手探り、事務的な動きが出てくるのも数年かかると言われている。
数年後には英国人の父娘よりも先に私がイタリアの永住権を取得してるかもしれません。


まもなく3年。
待ちに待った幼稚園に送り出した後は、少しだけパーティ気分を味わって、
その後は試験を受けます。いつか合格したら報告します。
すごいマンマになってやるっ。

0歳 夏の終わり頃 アパートが決まらずホテル暮らし



1歳 夏 イギリス帰省でついに一人歩き



2歳 夏 イギリス長期滞在 魔の2歳児 1日何度も起こる癇癪との闘い



3歳 夏  イギリス帰省  聞き分けの聞く子に成長し祖父母を驚かせる




つづく
イギリスへお引越しをして4ヶ月弱が経ちました。
親友や家族の中で一番親交の深い姪っ子家族、そして苦労して築き上げた環境を手放すことの辛さから、
なかなかリカバリーすることが出来なく、気持ちの整理もつかず、何を書けばいいのか良くわからなくて・・・。

もちろん毎日落ち込んでばかりいたわけじゃない。
ブライトン近郊には日本語キッズサークルもあって、ベルガモにいたときには経験できなかった
日本人親子交流の場に恵まれ、また、日本人のママ友も出来た。近所のプレイグループや読み聞かせ会にも参加してるし、幼児・子供の為の音楽教室開講も場所が見つかり、それなりに前に、前に進んでいるような気がした。
でも何故かずっと自分の中で満たされぬ思いと喪失感に苛まれた状態が続く。
今は夫両親の家に居候中なのでそんな気持ちを隠して毎日ニコニコしている自分、
日々成長しなから喜怒哀楽の中でもがいている我が子に喜楽だけを求めてくる義理両親からの
アンダープレッシャー。癇癪盛りの真っ只中にこちらに来たから、それを目の当たりにした
義理母は「ちょっと見といてあげるねっ」てオファーも全くなく・・・(期待していたわけじゃないけど) 

リリアの為に何をしなければいけないのか、
どの環境で成長させるべきなのか、
家族のためのベストとは何なのか、

責任という言葉を取り違えて、自分の心の声を塞いでしまっていた。
やりたい事をするのは無責任なんじゃないかと思い込んじゃって・・・。
肝心の親自身がハッピーじゃないのに子供のためだから!と決め付けて
子育てをすることが責任を果たしてると言えるのか。
とっても悩みました。


私の心はずっとイタリアにある。
英国帰国を切望していた夫の心も実はずっとイタリアにある。
2人がそう声に出したとき、道が開いた。


ベルガモに戻ろう。


夫は先に発ち、私はクリスマスが終わるまでは英国滞在となりそうです。
ピアノを教えていた子供さんたちも首を長くして待っていると連絡が入り、
今はワクワクした気持ちで一杯です。
1年前にベルガモからアメリカへ移住したご夫婦もまたベルガモに戻ってくるそうで、
イタリアという国は人を呼び戻すものすごい魅力があるんでしょうか。
私、あんなに文句ばっかり言ってたくせに^^;
最大の理由は豊かな食と人々なのかなぁ。
英国を離れる最大の理由? ブラック過ぎて書けない・・・・。





すっかり子供らしくなってきたけど、魔の2歳児真っ只中。
ホントに手強いね・・・・。一向に楽になんてなりませんけど?


20日後に迫ったイギリス帰省。
いつもなら喜び一杯で待ちきれず毎日カレンダーを眺めているところなんだけど。今回は事情が違う。
主人の仕事上、イタリアに帰ってくる可能性が極めて低くなった。

もともとイタリアに引っ越してきたのは、亡き父のゆかりの国であり、その意志を継ぐ為だったことと、ゆくゆくはイギリスに定住するために日本からだと非常にやっかいな手続きを少しでも軽減する為にEU在住者となることも一つの目的としていた。
なので、長く住み続ける予定ではなかったし、イギリスに帰省する度に早く引っ越して来たいと切望していたが、あまりにも急な話で、前のブログにも書いたが本当にメンタルが揺れている・・・・。
ベルガモはとても嫌いだと言っていた私だが、知らず知らずのうちにここで人生を開拓していたんだよね。

・クラスメートからかけがえのない親友へと発展したフレンドシップ。
・アジア人軽視のこの土地で、たどたどしいイタリア語しか話せないこんな私を何故だかリスペクトしてくれるピアノの生徒さんと保護者達。
・これからもっと広げて行きたいと思っていた計画。
・インターナショナルスクールから頂いた音楽指導のオファー。
・信頼できるベビーシッターが見つかった。
・やっと土地鑑もついて来た。
・左ハンドルマニュアル車の運転が好きになった。
・あとはなんといってもイタリア人に慣れて来た・・・。

これらとの別れを自分の中でどのように処理していいのか全く分からない・・・・・
放心状態である。
もちろん、帰ってくる可能性がゼロではないのだけど、本当に極めて低いことに変わりはない。イギリス帰国を願っている夫の意見としては、後1年ならイタリアに住めないこともないが(私のために)、1年先延ばしにすれば、別れはもっと辛くなるだろうと。
確かにそうだけど・・・

今日、骨折して休んでいた生徒さんの保護者からレッスン再開と回数追加希望の連絡が入り、また別の生徒さんからは紹介が入り・・・・、もう心が張り裂けそうなのだ・・・。
絶対に離れたくない自分 VS イギリスの家族のそばで自分達の生活を完成させたい自分
頭と心の中で分裂が起きている・・・・。




心を整理するために絵に描いてみた。


時折、息が出来ないほど苦しくて苦しくてたまらないが、どちらを選択してもハッピーが待っていることに変わりない。自分はプラス思考で良かったと思う。
それだけが救いだ。



そろそろパッキング始めないと。今回は何箱になるのかな。