「合成写真と違うんか」。6千社もの町工場が集まる大阪府東大阪市。デジタル製品向けのシール加工などを行う日栄化工の西崎光彦社長がつぶやいた。
同社は、タイのロジャナ工業団地で1年半前に操業を開始したばかりの工場が冠水した。日本からも大量の土嚢(どのう)袋を送り、洪水対策を進めたが、従業員を退避させた後は、被害状況が把握できなくなっていた。「50センチくらいの浸水なら機械も助かる」と、代替生産の指示や取引先への説明にかけ回ったが、現地からの写真に望みが絶たれた。
それでも、円高と市場縮小の二重苦の日本だけでは、新たな成長の機会は見つけにくい。西崎社長は「タイからは撤退しない」と腹を固める。
一方で、アルミ製のハードディスク駆動装置(HDD)部品で世界シェア35%を持つ同じ東大阪市のエヌエスシイには、「何が生産できる」「この部品を調達したい」と、代替生産が可能なことを知った大手メーカーから問い合わせや注文が殺到した。同社はタイで売上高の6割を稼ぐ。ロジャナ工業団地以外に3つの工場を持つことが事業継続につながった。
洪水の最中にも、タイからの脱出ではなく、国内移転や、新たにタイ進出を決断する動きが強まった。
ヘリ上空から水没した自社工場の惨状をみた超硬合金素材を手がけるサンアロイ工業(兵庫県福崎町)の山本誠司社長は、わずか2週間後の11月4日、洪水被害のなかったバンコク東部で新工場の仮契約を結び、深夜便で帰国した。
平成17年に、タイ唯一の超硬合金素材メーカーとして進出した同社にとって、「取引先の開発部門もあるタイ拠点は世界戦略上欠かせない」。
短期間での工場移転の決断には、「資金と人手のかかる復旧作業で、大手の系列でないわが社は後回しになる。技術は上でも、韓国や中国企業に仕事をとられかねない」との危機感があった。
浜松市の電子部品メーカー、日星電気の新村俊則取締役は洪水発生後に現地入りし、首都バンコクの浸水で「洪水休日」になった10月下旬、人影もまばらな日本人商工会議所を訪ねた。「大洪水という最悪の事態を実際に見て認識したうえで、新規投資の手続きを進めろ」と社長から指示を受けていた。
こんな状況で新工場建設に乗り出すのは、「成長性の高いインド市場をにらめば、タイが生産の最適地」だからだ。
タイからは、ASEAN(東南アジア諸国連合)の6億人の市場に加え、ミャンマーまでの物流が整えば「インド向けの納期や物流コストが半減し、その先の中東も狙える」(貝沼由久ミネベア社長)。
1代で工業団地王国を築いたアマタグループのビクロム・クロマディット(邱威功)会長も、「政府が洪水対策を行えば、タイの優位性はむしろ増す」と断言する。洪水被害を受けなかった同社のアマタナコンやアマタシティ工業団地には、今も代替生産や工場移転依頼が殺到する。
東京大の戸堂康之教授は「技術があっても海外に出ない企業が多い。一時的に雇用が減っても、海外進出で成長すれば、日本での新たな雇用や技術向上につながり、脱空洞化ができる」と訴える。
ただ、タイに生産、営業拠点を持つ日本企業の約半分は年商100億円未満の中小企業で、「その1割が赤字に苦しんでいる」(帝国データバンク)という調査もある。
大手頼みで進出したケースでは、今回の洪水で「ひっそりと会社をたたむところも出てくるかもしれない」(政府関係者)。社運をかけた進出先のリスクに対し、タイ政府の政策顧問の松島大輔氏は「代替生産をどう確保し、事業継続できるかを平時から描く必要がある」と指摘する。
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