伝えたいことがあります。
死ぬまでに足を運んでみたい場所、広島に寄りました。街はカープ一色。そのカープも復興のシンボル球団として誕生した市民球団でもある。そこで長年活躍した後輩の栗原健太も、ある意味、幸せな野球ビトだったんだな、と思った。初めて目にした原爆ドームは、想像より小さく感じた。でも、証として、残像として、脈々とそびえ立つ。8月6日は、ばぁちゃんの誕生日である。昭和20年ばぁちゃん、33歳。オヤジ、2歳。たった一つの、原子力爆弾で、一瞬にして、14万にもの命が奪われた日。眩しい、痛い、熱い、喉がかわいた。地獄絵とは。震災もそうかもしれないけど、これはあきらかな人災。人と人。国と国。の前に、人と人。72年経ちました。今、北朝鮮の脅威とか、核武装とか、軍事力強化とか、アベ、トランプから武器購入とか、いろんなワードが世間を騒がしてる。何を目指してるんですか?復興。先代に感謝しなければならない。今がある、ありがたさ。核廃絶。自分が生きている間は無理でしょ。理想は高くだけど、現実は現実だし。ただ、伝えなきゃいけない。平和記念公園の炎世界の核が消えた時に、消える。伝えましょう、次世代に。北朝鮮?おかしいのは指導者でしょ。国民は悪くない、一般市民を巻き込んでは、絶対にいけない。