ぼうや~よゐこだ寝んねしな~と唄ってからお読みください。
むかし、むかし…
相模の村に甲斐の国から移り住んだ男が居たそうな。
男は大の釣り好きで鳥の羽やら、鹿の毛を使ってこさえた疑似針を使い、山の川で山女や岩魚を釣っていたそうな。
津久井の村で海で釣りをする男に出会った。
津久井の男に鮃釣りを習って…あれやこれやと道具を揃えて。
それからというもの、鮃釣りにすっかり魅了されて、毎週末砂浜へ通うようになったそうな。
立春の翌日、「しまの」という名工の釣具屋がこさえた“熱砂”という百十一寸程の銘竿に双力四千早巻き仕様の糸巻き機に六百六十尺の道糸を巻き、五号の”てぐす“を堀田式の結び方で結んで。
疑似餌はこの鮃釣り名人の堀田光哉様が作り出した他動疑似餌(あくしおん)に、柔らかいまるで寒天のような“はうる”という、鉛でできた頭に付ける小魚に似せた疑似餌を持って…
立春の夜、疑似餌の三又釣り針を全て新しい物に交換して釣りの準備をしたそうな。
まだ、夜明け前の 虎の刻に起きて体を清め西湘海岸の大磯村の砂浜に出かけた。
薄明の頃に入砂して、疑似餌を水平線へ向けて何回も何回も投じた。
浜には大勢の釣り人が綺麗に揃って並んで…
やがて、一刻ほどたっただろうか、西の浜から大きな大きな袋に大きな大きな鮃をぶら下げてこっちらへ歩く釣り人を見た。
透明な袋に入った鮃は腹は真っ白で、十五いや十六寸は超えていそうな大物だったそうな。
男は心の中で「鮃はおる、必ずおる、わしも釣るで」と…
更に一刻、一刻と疑似餌を投げては移動し、投げては移動を繰り返した。
大磯村の翁に挨拶して、立ち話をした、翁のいうには、今朝は東の浜が良いらしいと、何でも鮃を釣り上げた釣り人を見かけたそうな。
二日、三日前には海が茶色に染まるほど、鮗がやってきて、それを追って鰤が入り釣れていたそうな…。
翁と別れて浜を西へ歩きながら、疑似餌を投げては移動し…。
やがて、沢山おった釣り人もすがたが見えなくなり…
腹も空いた午の刻に納竿、魚の当たりは全くなく、ただ、ただ疑似餌を投げては移動し投げては移動しの繰り返しだけだった。
先週は鮗がいくつか引っ掛かり、鮃の餌になりそうな魚はおったのに、今日は駄目だ。
大物が釣れた時は入砂して間もなく位だ、立ち位置間違ってしまったと心の中で反省したそうな。
やがて男は久しぶりに甲斐の国へ戻り、嫁様と倅(せがれ)と楽しく夕飯を食べ、ちょっとやけ酒して眠りについた。
来週は必ずと寝言で呟いたやら…呟かなかったやら…深い眠りについていったとさ。

おしまい
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