以前にこのブログにも書いたのですが、ニューヨークに住んでいた時代に一番お世話になったブラジル人ご夫婦の、旦那様が、3月にコロナで亡くなってしまいました。
「サージオ、桜がさいたよ」↓
https://ameblo.jp/link-a-ring/entry-12584000752.html
ニューヨークも外出禁止令のさなかだったし、奥様のヘレナは「濃厚接触者」だったので、夫を失った悲しみの中、娘さんやお孫さんと会うことも許されず、ひとりっきりになったご自宅で、ずっと過ごされていました。残酷だなと思いました。とっても仲のいいご夫婦でした。昨日まで夫がいることが「当たり前」だった日常から、ぽっかり夫だけいなくなって、でも、自分はその自宅に変わらずいる。
外出禁止令で、孫に会うことも、買い物に行くことも許されず、自宅だとはいえ、軟禁状態。買い物は友達がして玄関の前に置いていってくれてたそうです。
私はたまに電話をかけたり、メールを送ったりしていました。少しでも気持ちがまぎれるといいな…と思って。
ケーキの写真を送って「初めてケーキ
焼いたよ。お向かいに住んでいたら届けたのにね。ヘレナのブラジルのお菓子
、美味しかったなぁ
」とか。
ゴーヤの写真を送って、「庭にゴーヤを植えてやっと一本収穫したよ
。ブラジルにはゴーヤはあるの
?」とか。
そんな他愛もない内容です。ヘレナは喜んでくれて、いつも「日本は遠いけど、あなたは近いわ
」と言ってくれました。
ヘレナは本当に強い女性です。
「私は寂しいけれど、サージオは自分のやりたい国連の仕事を最後までやって、そして今は神と共にいるから安心しているの」
…と、言っていました。
サージオが亡くなってから5カ月が経ち、先日、娘さんからメール
が届きました。
「世界的にこんな状況なので、なかなか思うように動けませんでしたが、やっと、父にお別れを言う会を開催できます。ぜひ、ご参加ください」
それはzoomによる「お別れの会」でした![]()
時差があるので、主催者はニューヨークにいて15:30スタートでしたが、日本は明け方の4:30、ブラジルは夕方16:30、イタリアは21:30、あとどんな国から参加されていたのか、わかりませんでしたが、ブラジル人がニューヨークで、国連関連のお仕事をしていた、ので、とにかく交友関係が広いのです。zoomの参加者は91人でした。主催者の娘さんはニューヨークの、誰かの家の広い庭にいるようでした(お墓ではありませんでした)、ガーデンチェアが数メートルおきに「ソーシャルディスタンス」を保って置かれていて、そこにもご家族の他に友人が20名ほどいらっしゃるようでした。
広いお庭のお花の前で、最初に娘さんが亡くなったお父様に関するお話を英語でして、それからお孫さん(小学生)が、お話をしました。「なんでもチャレンジしろって言って、応援してくれるおじいちゃんでした。いろんな国の言葉が話せる人でした。日本食、特にお寿司が好きでした」
…と、自分の言葉で、ちゃんと語ってくれました。そういえば、お向かいに住んでいた頃、よく日本食を作って一緒に食べたな~。本当に好きだったんだなぁ。手巻き寿司、すればよかったなぁ…と、私はお孫さんの言葉を聞いて思いを馳せました。
あとは、zoomで繋がっている91人の中から、亡くなったサージオのご兄弟や親しい方たちがスピーチをされたのですが、半分以上がポルトガル語だったので、理解はできませんでした。でも本当に沢山の人に愛されていた方だったのだな…と思いました。
奥様のヘレナは最後にスピーチをされて、とっても聞きたかったのですが、それもポルトガル語だったので、理解できませんでした![]()
でも、ちゃんとしっかりと、最後までお話をされていました。途中で、聖書からの言葉を引用されているようでした。
ヘレナは参加者91人のzoomを見てたのですが、途中で私を見つけて、急に泣き顔になって、私の名前を呼んでカメラに向かってキスの音を投げかけてくれました。
涙が出ました。
どうして、こんな場面が、画面越しなんだろう。
本当はそこに行って、抱きしめてあげないといけないのに。
ニューヨークにいた時は、私が困った時とか、悩んだ時には、いつもヘレナが私を抱きしめて「大丈夫だよ」って言ってくれたのに。
ヘレナが一番辛い時に、私は画面越しにしか、存在していない。
zoomがあったから、お別れの会には、参加できた。
何もできないよりは、よかった。
でも、それはあまりに「バーチャル」な感じで、喜びも悲しみも、そして人のぬくもりも、ちょっと宙に浮かんでいるようでした。
ヘレナ、元気で、待っててね。
いつか、自由に動けるようになったら、絶対に会いに行くからね。
絶対に、待っててね。
その時は、私がヘレナを抱きしめるから。
