おはようございます。

東京は不要不急の外出を自粛…の週末。

昨夜のニュースでは、「外出が出来なくなる前に…」と駆け込み(?)で飲み会をする人たちの姿が映し出されていました。

きっとこういう部分を海外メディアはとらえて、「のんきな日本人」と叩くのだろうなぁ。なんだか本当に残念です。

 

さて、そんな今朝晴れくもり、起きてきたら、先に起きていた夫が、張り切った姿ひらめき電球をしていますビックリマーク

張り切った姿とは、テカテカ光ったスパッツの上から短パン、そして半袖のTシャツ。

「ん?ジョギング走る人しに行くんじゃないよね?」

…と信じられない気持ちで聞いたところ、

「しないよ~」

…と、夫。ふぅ。よかった。まさかとは思ったけれど。

 

「散歩走る人に行くだけだよ~ニヤニヤ

 

えっとポーン?散歩は、いいのか?いや、密閉した場所で人が密集してないという意味ではセーフなのだけれど、「不要不急の外出を自粛」の基準からは、アウト禁止でしょ?!…という話をすると、とっても不本意そうに、断念。

そもそも我が家では、昨夜高校生の娘が、「明日は体育館行くんだけどさ~」…と言っていたのを、「んポーン?体育館?」…と、やめさせた(結果的には体育館も今日からしばらくお休みになった)ところでした。ちょっとぉ、一体我が家は何を考えてるのよぉ。常識的なのは私だけか?!

 

…としばらくして、息子が起きてきました。

「ねね、外出できないと運動不足になるじゃない?」

「うんうん(やっとちゃんと理解している家族が出現ラブラブ)」

「だから、今日、公園でサッカーしてこようかな。友達、家にいるかな?」

「あのさぁ~、爆弾ドンッメラメラメラメラメラメラ

※念のため、息子は小学生じゃなくて、大学生です。

 

一番の敵は身内にあり!!

一人で、3人を説得するって、本当に疲れますあせるあせる

 

ちょっと真面目な話ですが、コロナウィルスは確かに8割は軽症で済むと言われています。でも、問題はその8割が、重症、重篤、死亡…につながる方たちを生む「感染源」になってしまう、ということ。海外生活を経験していて思うのですが、日本は本当に衛生観念がしっかりしていて、特に意識をしなくても、多くの国より「清潔」を普段から心がけています。意識すらせずに文化や習慣として「当然」としてやっていることで、海外では全くやらないことも、沢山。更に、医療も発達しています。そういう意味では、こういう状況の時に、本来ならば、最も安心していられる国のひとつだと思うのです。患者数の報告が他国より少ないのは、検査をしていないからだと、よく国内でも海外からも言われています。確かにそれはその通りですが、ただ、死亡者数はごまかせません。死亡者は少ない。それはなぜかというと、医学が重症・重篤者の対応をちゃんと、やれているから。ただ、重症・重篤者の数が増えてしまって、対応できるレベルを超えてしまうと、救える命も救えなくなってしまう。感染者が100人だったら、その2割は20人。でも10000人だと2割は2000人。その2割を、医療で対応できる人数に抑えれば、どうにか立ち向かえる!…というコトですよね。そのためには、残りの8割の人がせっせと菌をバラまいて「コロナなんてインフルと同じ程度だよ~」…と言っていたのでは、どうにもならない。

…ということを言っても、何も対応しない人は、しない。だからこその、外出自粛要請なのですよね。本当は、散歩だって、サッカーだって、やってもいいんです。密集でも密閉でもないから。でも、そういう「これなら大丈夫。これは、やめておこう」の判断を、みんなが同じようにちゃんとやれないと、「命令」が発動しちゃうのは、仕方がないことだなって思います。

我が家では、心配性キャラは残念ながら私だけガーン。後は全員、「大丈夫じゃね?」キャラ。特に大学生の息子は、もう「ママの言うこと聞きなさいっムキーッ」って言っても、「言うこと聞いたら、ケーキ買ってあげるぶちゅー」って言っても、効き目がありません。

 

そんな中、ニューヨークに住んでいた時にお世話になった大切なお友達がコロナウィルスで亡くなってしまいました。

https://ameblo.jp/link-a-ring/entry-12584000752.html

(↑まだの方はぜひお読みください)

みんな、誰かにとって大切な人。みんな、できる限り生きていないといけない「命」。

 

だから、協力、しましょアップ

 

(こんな感じの工房で、いつも「ものづくり」していますラブラブ