今回の雪はどうにかまぬがれた東京。
でも気温が低くて空気がキンキン痛い感じです


ニューヨーク郊外に住んでいた頃。
築80年のボロ屋は、どこか一つの部屋だけに暖房を入れることができず、
家じゅうで、暖房のスイッチは1つ。on か off だけでした
-10℃なんて当たり前だったその冬、当然我が家の暖房のスイッチはほとんどずっと「 on 」。そりゃ、そうですよ
子供がまだ2歳、寒い家で我慢できません。
on になっていれば、家中が暖かいわけです。

ところが
1か月の電気代が10万円

焦ってそれからは、なるべく暖房はoffにして、暖炉をフルに活用していました。
腰まで積もる雪の中を、大股でかき分けながら裏庭の薪置き場まで行き、
両肩に凍った薪をかついで家まで戻り、家の外の屋根のある部分で、乾燥待機組の薪グループ1を置きます。そこにしばらく置いて、氷が解けると、次は火のついた暖炉の、火が直接当たらない隅っこに待機させて、乾燥薪として待機組の薪グループ2となります。
そして最後に、燃えている薪が少なくなった頃、脇に待機していたグループ2の薪を火にくべ、外に待機しているグループ1を、暖炉脇のグループ2に昇格させ、またダウンジャケットを着て、腰まで積もった雪の中、次なる待機組1になる為の薪を取りに、裏庭の薪置き場まで行くのです。
一日に何度、それを繰り返したことか。
結構、過酷でした

2歳の子供も大事な労働力。天気のいい日に公園に行くと、「枝を沢山拾ってね」と頼み、親子で枯れ枝集めです。大きな薪に着火させる為の、燃えやすい細い枝は、大事な役割をはたしていました。枝がないとなかなか薪に火がつかず、大変なのです。
子供たちは、2歳と5歳で東京に帰国してからも、生活の為に枝を拾うことが体にしみついていて、井の頭公園に遊びに行っても、同世代の子供たちがブランコやシーソーで遊ぶ中、我が家の子供たちだけは、真剣に下を向いて歩きまわり、
「ママ、火がつきやすそうな枝が、いっぱいあるよ
と大興奮。何度も「日本には暖炉がないから、、もう枝はいいのよ」と言っても、気付くと枝をいっぱい抱えて「火のつきやすい枝を沢山見つけた」と誇らしげ
事情を知らないママ友に、
「あらあら、そんな放火魔みたいなこと言っちゃって
と突っ込まれたりしていました。
今となってはいい想い出です

…と想い出話が長くなってしまいましたが、
久しぶりに、自分の作品をアップしようかなと思います。

最近がんばっていたのはコレ



10金の透かし模様のリングです。銀粘土と彫金、両方の技術を使って作りました。思った以上に時間がかかってしまいましたが、満足いく感じになりました~

ワークショップの作品もご紹介したいのが沢山あります!
順番に、またアップしますので、
見てくださいね