2011年中に終わらせるつもりでスタートした「2011年と私」。
ことのほか白熱してしまい(私が勝手に)、2012年に食い込んでしまいました。
シリーズ3回目です。
初めてブログを見て頂いた方はお手数ですが、
「2011年と私」の1回目からお読み頂くとつながりがわかりやすいかと思います。

さて、無事工房を借りることができたのが1月中旬。
衝撃的な一目惚れをした工房の契約が済み、
輪花梨[リンカリン]と名付けました。

私の生活は前にも増して忙しくなりました。
でも同時に、充実もしていました。
作業に必要な家具や工具を運び込み、ワークショップを受けて下さっている方々に
お知らせを出し、作品を工房でつくり始めました。
$輪花梨 リンカリンのブログ


前からブログを読んで頂いている方はご存知ですが、
私はフリーランスでコンサルタントの仕事もしています。
海外企業と日本企業の橋渡しや英語での交渉の仕事です。
この仕事もなかなか理解して頂きにくくて「通訳ですか?」と聞かれることがよくあります。でも通訳ではないのです。通訳は人が発した言葉を、そのまま言語を換えて伝えます。でも、それでは交渉が決裂してしまうことはよくあります。文化、考え方が違う国の人と話をする時には、その国の思考回路を持っていないとこちらはよかれと思って発した言葉が、正しく理解されなかったり、時には相手に不信感を持たれたりすることすらあります。
私も通訳をしていた時期があるのですが、「日本ではこのタイミングでこの言葉が出てくるのは当たり前だけれど、アメリカでは今ここでこれを出すと、手の内をさらしてつけこまれることになるぞ」とか、「がんばりますって言ってしまうと、やってもらえると期待されてしまう。今は「できません」とハッキリ言わないといけない時だ」とか、もどかしいことが沢山出てきました。
そこで私は途中で自分のスタンスを変えたのです。
「達成したいことは何ですか?」が、私がクライアントにまずする質問。
達成したいことがあって、クライアントにどんな駒があるのかを知って、では、その駒をどのように
見せたり見せなかったりして、目的を達成する方向に持っていくのか、また、相手が急に意外な提案をしてきた時に、それをどう受け止めるのか?
…そんな戦略を練るところからお手伝いをするのです。

話がそれてしまいましたねあせる

つまり、工房とコンサルティング、「2足のわらじ」の状態です。
でもどう考えても、どちらも私には大切でどちらかを選ぶなんてできないので、
こういう欲張りな形になりました。時差があるので、海外とのやりとりは夜中にできるので
日中は工房、夜は海外交渉…と時間が重ならずにできます。


工房「輪花梨」での作品づくりは順調に進んでいました。
3月14日から交渉の仕事でニューヨークへの出張があるので、
帰国してから4月に、工房のオープニングをやって沢山の方たちに作品を見てもらおう!
それが私のまず最初の目標でした。
私の生活は忙しくなりましたが、とても充実していました。

3月11日、ニューヨークへの出張をひかえ、クライアントと最後の打ち合わせを午前中に終え、
私は午後、自宅に戻りました。パソコンを立ち上げメールをチェックしようとしたその時です。
「クワーッ、クワーッドンッ
聞いたこともないようなアラーム音が、携帯から発せられました。
ほぼ同時に、家が揺れ始めました。
あ、地震だっ。

実は私は、原因不明の地震恐怖症を抱えていました。
地震が好きな人はいません。…が、私の場合、小さい頃からどんなに小さな地震でも揺れを感じると、
心臓がバクバクし、足がガタガタ震え、平常心でいられなくなってしまいます。
大きな地震を経験していないので、どうしてそうなるのかよくわからないのですが、社会人になってからも、夜中に地震が起きると走って両親の寝室に飛び込み、母に抱きついて「地震だ、地震だ」と震えているありさまでした。

私はすぐさま外に飛び出しました。外に飛び出すのはかえって危険だから、すぐに飛び出さないように…とニュースでも言われているのですが、体が勝手に反応してしまうのです。
3月の東京。まだ寒さも残る中、上着も携帯も持たず、つっかけ姿で通りに飛び出しました。
子供たちは学校。夫は海外出張中で留守でした。

そして、それから私は、精神的なバランスを崩して自分との闘いに苦しむことになります。

~to be continued~