こんにちは。
離婚カウンセラーの小松慶子です。
今日はある有名人の記事を
リブロしてみました。
そう、ある年代の方ならご存知!
テレビで人気者だった心理学者
心屋仁之助さんのブログです。
今日久しぶりに
彼のブログ開けて知ったんですが
「心屋」を辞めてしまうんですね。
なんと今後は
音楽家として生きていくそうです。
そんな心屋さんの昨年12月の記事より
↓↓↓
この記事の中で言っている
この部分に反応しました。
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自分にとって、
困った出来事というのは、
すべて、
「手放せ」
「それ、捨てろ」
「足し算、やめよう」
「そっちじゃない」
「正誤、べき、にかたよってるよ」
という
サインなんだろう、
と思う。
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「そういう価値観て、
私的には違うんだよね〜」っと
他人に対して感じた時に
違和感というか
困惑というか、そういう感情が
心に充満していく不快感は
私も分かるなぁと思いました。
だけど
それを「手放す」ってのは
簡単じゃぁないですよね。
「手放す」という行為、考え方に
アレルギーを感じる人も
いると思います。
一方で「正誤、べき、に偏って」いないかな
って自分でも振り返ることは
日常的に大切なことかなって
私も思っています。
「べき」って
使ってる側は、何かいいこと
正論を言ってるみたいで
気持ちいいと思うんです。
言い切ってるし。
でも、それを言われた側は…
コントロールされるような感じが
するでしょうし
そんな強い言葉を投げられたら
自分が間違ってるんじゃないかと
思わされて、きっと快適では
ないと思うんですよね。
言葉は諸刃の剣です。
相手から言われて嫌だなって
思う言葉は
自分では使わない方が
心の健康にはいいし
もし、誰かに言われたとしても
それをそのまま受け止めず
その人の勝手な思い込みかもしれない、
そういうモノサシなのかも、と思って
聞き流してしまうのも
一つの手ですよね。
夫婦の問題に置き換えて考えると
一度でも離婚が頭をよぎったとき
「こうなったのは相手せいだ」
「私はこんなに頑張っているのに」
と思いたくなります。
でもそこで一回止まって見て
これを心屋風に考えたなら…
(私は心屋のカウンセラーではないので
あくまで風、でお願いします)
そういう環境を手放す?
そういう考え方を手放す?
そういう相手を手放す?
相手のせいにして
自分をひたすら正当化する
体力も時間ももったいない!
もしそう思えたとして
あなたなら、どれを選択しますか??