スパーホークは仲間 | が風邪ひいた

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「ですが、われわれはここでパンディオン騎士を見張るよう命令されております」
「おまえにだって街の城壁の内側に、大切なものの一つくらいはあるだろう。火事が手に負えなくなったとき、それでもまだここに突っ立って、それが燃えるのを眺めているか? さあ、行くんだ! 全員だ! おれはあの砦《とりで》に行って、パンディオン騎士に手助けを求めてくる」
 クリクを見つめていた職人たちは手にしていた道具をやおら投げ出し、幻の大火に向かって駆けだした。クリクは騎士館の跳ね橋に向かって馬を進めた。
「いい考えだった」スパーホークはタレンを誉めた。
「泥棒ならいつもやってることさ」少年が肩をすくめる。「おいらたちは本物の火を使うしかないけどね。みんな外へ駆け出して、火事に見とれちゃうもんなんだ。そのあいだこっちは自由に家の中を見てまわって、金目のものを探せるってわけさ」少年は街の城壁を見やった。「どうやらお友だちはみんな消えたみたいだね。戻ってこないうちに中へ入ろうよ」
 四人が跳ね橋の前に立つと、黒い甲冑《かっちゅう》のパンディオン騎士が二人、おごそかに馬を進めてきた。
「街が火事なのか、スパーホーク」一人が緊張して尋ねた。
「そうじゃない。セフレーニアが教会兵を楽しませてるだけだ」
 もう一人の騎士がセフレーニアに笑みを向け、おもむろに背筋を伸ばした。
「神の戦士が館に足踏み入れんとするは何者ぞ」と儀式を始めようとする。
「今はその暇がないんだ、ブラザー。次のときに二回まとめてやるよ。今ここは誰が面倒を見てる?」
「ヴァニオン卿《きょう》だ」
 それは意外なことだった。最後に話をしたとき、ヴァニオン騎士団長はアーシウムへの行軍に参加することになっていたはずだ。
「どこへ行けば会えるかな」
「ご自分の塔におられる」二人目の騎士が答えた。
「今ここには何人くらいの騎士がいるんだ、ブラザー」スパーホークは声を低くして尋ねた。
「百人くらいだ」
「よし。たぶん手を借りることになる」スパーホークはファランの脇腹に踵《かかと》を当てた。大きな葦毛の馬は驚いたように首を回し、主人を見る。「緊急事態なんだ、ファラン。儀式は次のときちゃんとやるから」
 ファランは承服しかねるといった表情を浮かべたまま、跳ね橋を渡りはじめた。
「サー?スパーホーク!」厩《うまや》の扉の奥からよく通る声が響いた。見習い騎士のベリットだった。手足の長い、がっしりした骨格の若者が、顔いっぱいに笑みを浮かべている。
「あと少し声を張り上げれば、カレロスにいたって聞こえただろうな」クリクが渋い顔で咎《とが》める。
「すみません」ベリットは恥ずかしそうに謝った。
「馬の世話はほかの見習いに任せて、おまえはいっしょに来い」スパーホークが言った。「やってもらうことがある。ヴァニオンとも話をしないと」
「わかりました、サー?スパーホーク」ベリットは厩に駆け戻った。
「本当にいい子ですね」セフレーニアが微笑む。
「あいつならうまくやれるかもしれません」クリクがしぶしぶ認めた。
「スパーホークなのか?」騎士館の内部に続くアーチ形のドアをくぐったとき、フードをかぶったパンディオン騎士が驚いたように声を上げ、フードを押し下げた。サー?ペレンだった。家畜の仲買人を装ってダブールに潜入していたパンディオン騎士だ。その言葉には少し訛《なま》りがあった。
「シミュラに戻って何してるんだ、ペレン」の騎士の手を握った。「すっかりダブールに根をおろしたものと思ってたのに」
 ペレンはやっと驚きから立ち直ったようだった。
「ああ、アラシャムが死んでからは、ダブールにいても仕方がなかったんでね。おまえこそ、ウォーガン王が西イオシアじゅうを追いまわしてるそうじゃないか」
「まだ捕まったわけじゃない」スパーホークは小さく笑った。「話はあとにしよう。ヴァニオンと相談することがある」
「いいとも」ペレンはセフレーニアに会釈して、中庭へと歩み去った。
 一行は南塔の階段を上って、ヴァニオンの書斎に向かった。パンディオン騎士団長は白いスティリクムふうのローブをまとい、スパーホークが最後に会ってからまだ間もないというのに、いっそう老けこんだように見えた。書斎にはほかの面々も集まっていた。アラス、ティニアン、ベヴィエ、それにカルテンだ。これだけの顔触れがそろうと、部屋そのものが小さく感じられる。単に身体が大きいだけでなく、その名声においてもいずれ劣らぬ大きな男たちなのだ。部屋はまるでがっしりした肩に埋まっているかのようだった。聖騎士団のしきたりで、騎士館の中では誰もが鎖帷子の上から僧侶のローブをはおっている。
「やっとだ!」カルテンが爆発するような勢いで声を上げた。「知らせの一つくらい寄越したってよさそうなもんだろう、スパーホーク」
「トロールの国で使者を見つけるのは少々骨なんだよ」