日本の小学校もずいぶんずいぶん変わりましたね。
20世紀の小学校と比べると、まるで違う国のことのようです。
一体やる気あるんかと思えるような。
脳科学からも、発達心理学からも、大切な大切な、6歳から11歳までの脳の成長をどう考えてるんだろうと。
変わってないのは、「日本の教育の科学のなさ」です。
クリティカルシンキングが存在しない社会だからでしょうか。
日経新聞にこんな記事が
「小中高校の成績評価の見直しを巡り、文部科学省は30日、特に主体的に学ぶ態度が目立った児童生徒の成績表に丸印を付ける案を示した。
主体性は客観的な判断が難しいという指摘を受けてA〜Cの3段階評価はやめるが、内申点の基となる「評定」には一定の影響を残す仕組みとした。」
とてもわかりにくい説明です。
ある時期、そう言えば、5段階評価はやめて3段階評価にしたんですよね。
そして、今◯?
この会議に出席したくなりました。質問したいこと山積みですから。
20世紀に小学校を経験した息子を3人、日本で育てました。
「なぜ?」ばかり聞いてないと、一体学校は何をやろうとしているのかと不思議の世界に迷い込んだような気分で親をやりました。もちろん「なぜですか?」を学校まで走って行って聞きまくり。
論理的に具体的に答えてくれた教師はゼロでしたけど。
その時は5段階評価。まぁ、はっきりしてましたね。
「この子の数学能力は高いです。サイエンスについては標準程度。」とか言う意味だけは親には伝わりました。科目ごとに分かれている授業内容にどう子供が対処しているのかだけは、少なくともわかりました。
教え方は目を覆うばかりに下手くそでしたけど。
それがいつの間にか、小学生の間に子どもの優劣をつけるのはよくないとかなんとかで、いわゆる学業成績に優劣をつけるのを止めにしたんですよね。
こんな説明を見つけました。
「新学習指導要領により、小中学校における通知表の成績は各教科で「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」という観点別評価で行われるようになりました。」
観点別評価の意味はわかりますが、それで行われるようになりました。
当たり前やん?
それで何を基本として評価するんですかね。
相変わらずの相対的評価、または、社会や学校・クラスという団体に適応しているかいないかが評価対象ですか?
何の説明もありません。
他にもごちゃごちゃ、あーちゃらこーちゃらと長たらしい説明が続きます。あくびが出そうになりました。
あのね、日本の教育者のみなさん。
クリティカルシンキングでちょっと定義してみましょうよ。
「成績」とは何のためにつけるのですか?
教師の自己満足ですか、それとも学校のレベルを測るため?
子供をランク付け(◯で済まそうが、アカデミックな能力をまるで隠したような「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」でごまかしても、◯のつく子供とそうでない子供とを分けるんですよね)ですか、相変わらず?
5段階評価から◯に変えても結局「子どもの優劣」を周りの大人が、狭い狭い範囲で勝手に決めていることに変わりありません。日本の教育はずっとそこにとどまっただけです。
人間の知力には3種類あります。
分析する知力、過去の経験から学びそれを生かす知力(あ、日本の教育にはこれがない。だから子供へのこんな評価なんて出来るはずないですね)、そして実際社会で応用出来る知力。
日本学校での評価は昔から、最初の「分析する知力」の本の一部、まず事実を暗記してそれを思考していくという過程の中の「暗記力」のみ。
今でもそうですか?
それから、子供の成績には指導者を能力指導者の能力が見事に出て来ているのを知っています。。
「うまく教えることが出来たら、子どもの好奇心を引き出し、興味を持たすことが出来たら、大抵の子供は何等かの理解力を示すはず。」
それが出来ない教師の生徒は、学ぶことにも興味など示せない。
それは完全に教師の責任。 特に小学生への指導には、指導者の持つ能力がこの上なく大切。
能力のない教師は、その生徒の理解力に見事に現れます。
そんな議論は日本では行われないんですね。
つまり、子どもの成績が悪いのは、「教師の責任」という考えは出来ませんか?
教師は教室の王様ではないです。
生徒が王様です。
生徒に興味をもたせ、学ぶ意欲をもたせ、理解に進めることの出来ない教師は、自分に最低の成績をつけて反省すべきです。
日本の学校では、教師の能力の問題は語られていますか?
いませんよね。
親が必死で子供を塾に抱えて走るのはそのせいでしょう。
それと、日本の「成績、成績」と間違ったところでいつも大騒ぎしている理由。
子供の脳はみな同じ。Blank Slateだと思い込んだままの教育であることです。
生まれた時の脳の能力はみな同じ白紙の状態。
違います。
人間の脳の知力には残念ながら大きな差があります。
また知力は1種類だけではありません。
20世紀後半以来カナダのカリキュラムの柱となってきた科学的な考え方Multiple Intelligence(人間には8つのIntelligenceがあり、それぞれの異なったIntelligenceを持つ)。
Multiple Intteligenceについての詳細はこちら
小学生になるとそれぞれの違いが見事に現れて来ます。
小学校の教師は、「成績をどうつけるかにドタバタする」などとんでもない。
日頃の個々の生徒の学び方、その結果、行動、考え方、周りへの適応状態など、自分の生徒のあらゆる特徴を細かく観察し、その生徒には8つのIntelligenceのうちのどれが備わっていそうかを見、そこを伸ばしてやるのが教師の仕事です。
それがカナダの教師の仕事です。
日本の教師は?「成績の付け方」ですか?
日本の教育にあきれてカナダに来た私が、パートナーのRobertと日本にむけて提供するカナダクラブ。
そこで一番力を入れている教育方法がMultiple Intelligenceをみつけるものです。普段のエッセイやReadingからも生徒の実に微妙な能力の違いが見えてきます。そこを見逃すことなく、良いところを引っ張り上げて行きます。
進学にかかる時期になると「個人カウンセリング」を行い、徹底的に個々の生徒の優れた部分をみつけて行きます。
成績などつけません。
それぞれの生徒にはみな優れた能力部分があるからです。
それを褒め育てていくことこそが教育だと信じています。
日本の教育、間違ってますよ。
子どものIntelligenceを殺してしまっています。
「迷子になった日本の教育」
まだまだ迷路から出ていないみたいです。
ご相談もお気軽に、教育についてお話しましょう!
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カナダクラブ カナダから日本の生徒に
Be Bilingual 日本で育つ子供へのBilingual 教育
日本の生徒のための本格的英語学習サイト UX English
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